クリームソーダとレコード side達也②

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「でもあの頃の僕には、こんな体で彼女を幸せに出来るとは思えなかった」 何もかも上向きの時代だったと聞く。男が女と子どもを支えるのが当たり前だった。今でこそ多様性が(うた)われるようになってきたけど、その頃の彼が生きづらかったのは容易に想像できた。郁が真顔で尋ねた。 「じゃあ、もしかしたら僕のひいおじいちゃんになってたかもってこと?」 「そうだね。でも、それで花枝さんが幸せだったかはわからないし、君が女の子として生まれてた可能性もある」 「えっ、それは困る! 咲花(えみか)ちゃんの彼氏になれないもん」 マスターは可笑しそうに笑った。 「不思議な運命ですね」 「この時代に生まれていたら、あるいは…」 彼はそこで言葉を切った。 「いや、それでも彼女とあの時会えてよかったんです」 マスターは何か吹っ切れたように、爽やかな笑顔を見せた。 「先日、彼女から手紙が届いたんですよ。(あらかじ)め、自分の死後に発送するように頼めるらしいです」 「へえ…」 「最後まで花枝さんらしかったですね」 彼に何を伝えたんだろう。 結ばれない恋だけに別れはつらかったはず。でも、祖母も彼も悔いはないみたいだ。クリームソーダをずるずると飲み干して郁が言った。 「達ちゃんも早くカノジョ作りなよ」 「うるさい。俺は仕事に生きるんだ」 「今どきコウハなんて流行んないって。達ちゃんて、絶対生まれる時代を間違えたよね」 俺は今度は盛大に額を小突いてやった。大げさにさする郁と不貞腐れる俺を見て、マスターは優しく微笑んでいた。
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