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旭光 side透①
店のドアを開けると朝陽が目にしみた。小鳥の囀りが聞こえる早朝に、じりじりと温度が上がっていく気配がある。
やれやれ 今日も暑くなりそうだ
年老いた体には暑さ寒さはひどくこたえる。年季の入った赤い郵便受けから朝刊を取り出し、何の気なしに底を浚うと封書が手に触れた。
手紙なんて珍しいな
文字に見覚えはなかったが、差出人の名前を目にすると、しばらく動けなかった。
浦川 花枝
同い年の彼女とは昨年会ったきりだった。安否が気にはなっていたが、元々彼女との縁はとても曖昧なものだったから、再会できただけでも幸運なことだと僕は自分に言い聞かせていたし、それは彼女とも話したはずだった。
『もうお互いに年ですもの。今は元気だとしても、いつ何が起きるかわからないわよね』
若い頃とちっとも変わらない笑顔で、彼女はそう言った。その前に最後に会ったのは、もう六十年も昔のことだ。
『あの時は連絡する手段がなかったからね』
『だから、後悔だけはしないように会いに来たのよ。もう若くないんだし、これで十分』
僕と父が交通事故に遭って父が亡くなった。僕は命を拾ったが、右膝から下の部分を失った。今は義足の質が格段に上がって、日常生活にはさほど不自由は感じないが、当時の僕にとって体の一部を失うのは、死に等しいほどの絶望だった。
なぜなら…
僕は彼女と人生を共にしたいと望んでいたからだ。
男が一家の大黒柱だと当たり前のように言われていた時代だ。病弱で本の虫だった僕の双肩は元より頼りなく、まして片足では大切なものは支えられない。かろうじて父の遺した喫茶店を継ぐことしか出来ない自分に、彼女を幸せになど出来るはずもないと想いを断ち切った。
『君を守ってくれる人と幸せになってほしい』
気弱な青年の、ささやかな願いだった。
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