おまけ・暮らす:その後のその後

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 その桜が花の時期を終えて、青々とした葉桜になった四月下旬のこと――。  週明けの朝、文幸は少しだけ早起きをした。隣の布団で気持ちよさそうに寝息を立てている周に、ひと声だけ「おはよう、朝だよ」と軽く声をかけて寝室を出る。周は「んんん」と寝ぼけた声をあげて、ごろんと寝返りを打った。でも目を覚ます気配はない。また「ぐうぅ」とのんびりしたいびきが聞こえてくる。  サラリーマンの周は、週のはじめはやっぱり気が重いようで、寝起きがいつもよりちょっと悪い。フリーランスで在宅仕事の文幸はそうでもないから、意識的に早起きして、周にできるだけ目覚めよく起きてもらうためにあれこれ工夫をしている。  寝室のドアを開けておいて、少しだけ物音をたてながら朝食の準備をする。鍋に湯をわかし、冷蔵庫にある野菜とかウインナーとか、適当な食材で簡単なスープをつくる。そうするとたいていはそこで周が「おはよう、いい匂いだね」と起きてくる。それでも起きてこないときは、2回目の「起きて」の声かけだ。文幸は寝室へ行って、周の枕もとにしゃがんで優しく声をかけた。 「周さん。ちーかーさーん。起きて。朝だよ」 「……はーい……おはよ」  最初の声かけのときは起きる気配のなかった周だが、今度はぼんやりと返事があった。でも、起きたのは返事だけで、周の”本体”はまた「ぐぅ」と寝てしまう。文幸は苦笑いしながら台所に戻った。  ふたり暮らしが始まってすぐに、周から「文幸くんは起こし方が上手だね」とほめてもらったことがある。意識したことがなかったからびっくりした。周が言うには――。 「いきなりたたき起こすんじゃなくて、何度かやさしく声をかけながら少しずつ起こしてくれるから、ゴキゲンで起きられる」  ……のだそうだ。文幸には特別なことをしている意識はない。しかしそんなふうに言われてみれば、息子の航太がずっと小さかったころ、寝起きの悪い彼をどうにかグズらせずに起こすため、試行錯誤の末に編み出したワザだ、と思いいたった。  周にそう伝えると「俺、小さな子どもあつかいされてるの?」となぜか嬉しそうな顔をされた。文幸は「子どもあつかいされるのがそんなに嬉しいのかな」と戸惑ったけど……、周が嬉しいなら、いくらだってそうしてあげようと思っている。
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