第1話・慈しむ:腕を伸ばして届く距離

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 たくさんの人が行き交う駅の改札で、好きな人を待つ。どれだけ一緒の時間を過ごしていても、この時間はドキドキして新鮮だ。 やがて人ごみのなかから、悠と連れだった周の姿が現れた。  文幸は胸がキューンとするのをとめられない。仕事帰りの周は、ダークネイビーのビジネススーツにノータイ姿で、すぐにこちらに気がついて軽く手を挙げた。彼の傍らには息子の悠がいる。悠は、学校からいったん自宅に戻って着替えてきたのだろう。制服ではなくて、きれいにアイロンのかかったスモーキーグレーのシャツ姿だった。周に言われたのか、悠なりに気をつかったのか。ちょっとだけ「よそいき」の雰囲気が新鮮だった。  悠くん、ついにパパの背丈を追い越せなかったかな。周さんの背が高いからな。でも二人ともいい男だ。そう思いながら、肩を並べて歩いてくる見目のいい親子にうっとりと見惚れた。  悠は周より少しだけ背が低い。それでも二人ともすらりと長身なのには違いなかった。 「文幸くん、おまたせ。今日はお招きありがとうございます」  かかとを揃えて背筋を伸ばし、深々と頭を下げる周がおかしくて、文幸は笑い声をあげた。 「こちらこそ、わざわざ来てもらってありがとうございます。航太がはりきっちゃって」  十一年もいっしょに過ごしているのに、文幸はあいかわらず周に対する敬語がやめられない。周からもずっと「敬語、やめない?」と苦笑いされっぱなしだ。そしてその話題はいつも「じゃあ、ベッドの中では敬語ナシってことでね」と周が思わせぶりな念押しをして終わりになる。我ながらバカップルだと思うが、ちっとも飽きがこない。 「悠くんも、つきあってくれてありがとうね」 「ゥス」  文幸の声かけに、悠は無表情のまま小さく頭を下げる。  うちの航太はいつまでたっても小学生男子みたいなのに、悠くんはすっかり大人っぽくなっちゃったなあ。周さんにどんどん似てくる。  悠は今どきの若者らしく前髪を厚く長めに伸ばして、いつも少しうつむいている。短髪の周とは対照的だ。それでもよく見れば、切れ長の涼しい目もとや高い鼻筋が周によく似ていた。文幸は彼らに気づかれないようにこっそりと、親子ふたりの横顔にもう一度見とれた。 (つづく)
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