第1話・慈しむ:腕を伸ばして届く距離

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 マスターにケーキを切り分けてもらって食べながら――といってもケーキの大半を大喜びで平らげたのは航太と大学生たちだったけど――、別グループによるセッションをいくつか楽しんでから、ジャズハウスを出た。  ◆    午後九時をまわったところだった。明日は土曜日で仕事も学校も休み。航太と悠の息子ふたりは、今日はこのまま学生たちと一緒にマスターの自宅に泊まりに行くのだそうだ。マスターの実家はこの一帯に土地を持っている地主の一族で、自宅の敷地内に、なんと音大生たちが寝泊まりしながら練習できる「合宿所」がある。航太と悠も何度か泊めてもらったことがあるから安心だ。  文幸と周は一緒に電車に乗り込んで、顔を見合わせた。息子ふたりが憂いなく外泊してくれるということは……つまり、そういうこと。文幸はつい頬をゆるめてしまって、周に「文幸くん。ニヤけすぎ」と笑われた。でも周だって鼻の下を伸ばしてニヤニヤ笑いを浮かべているから、同じことを考えているのだとわかる。自宅最寄り駅で電車を降りて、人通りの少ない住宅街の道に入ったところで手をつないで歩いた。  今日は周のマンションでひと晩過ごす約束をしている。部屋に帰り着いたところで緩やかにハグされて、そこからはイチャつきながらシャワーを浴びたり、テレビを見たり、寝る支度を整えたりするうちに夜が更けていく。  寝室で周と抱きあって横になったとき、文幸はおずおずと申し出た。 「あの……周さん。今日は周さんのお誕生日のお祝いだし……、周さんの好きなほうで、やりません?」 「えっ」 「あっ、えっと、疲れてますよね。俺が上でも下でもいいと思って……準備、してきました」 「文幸くん――」  文幸の誘いに、周は感激したように目を見開いた。ふたりで過ごすときは、いつもその場の雰囲気でどちらが抱くか、抱かれるか、決めていた。触れあうだけの日もあったし、準備に時間がかかって、待っているほうが寝落ちしてしまったことも何度もある。この数年、周がちょっと無理して疲れを隠そうとしていることを、文幸は敏感に察していた。だから今日はどんな雰囲気になってもいいように、念入りに準備をしておいたのだった。驚いた顔をする周に、あわてて付け加える。 「あっ、もちろんこのまま寝るのでもいい、です」 「気を遣ってくれてありがとう」 「こちらこそ、いつも一緒にいてくれてありがとうございます」 「じゃあ、……せっかくだから文幸くんのなかにお邪魔しようかな」 「ふふっ。どうぞ。無理してない?」 「してない。……文幸くん」 「……はい」 「大好き」 「俺も大好――」  言い終わらないうちに周にすごい力で抱き寄せられた。「これが無理してるように見えるか?」というように硬いものを腰に押しつけられる。脇腹をくすぐられて文幸は笑い転げた。逃げようと暴れているうちにすっかり服を脱がされてしまう。 (つづく)
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