姉の面影

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姉の面影

 コエンがトレーを持って再び入って来た。 「どうぞ」  コエンはトレーを机に置き、椅子についた。コエンは良い姿勢のまま動かなかった。 「コエン君も、どうぞ」  シアはシアの分のトレーをコエンの前に差し出した。 「シアさんは本当に僕の姉に似てます」 「へぇ、お姉さんがいるんだ。どんな人なの?」  シアは俺の口にクラムチャウダーを運びながらコエンの話を聞いている。 「とっても優しくて、いつも僕のことを気にかけてくれて。僕が失敗しても決して怒らず、良いよ良いよって言って自分のことよりも僕のことを優先してくれる姉でした。生きていれば、シアさんくらいの年齢になっていたはずです。もう僕が姉の年齢を超えてしまいましたが」 「……生きていれば?」 「はい、僕が9歳の時に僕たちの村が襲撃されて、僕を庇って火に焼かれてしまいました。それからは、もう無駄だと思っていても姉のために少しでも何かを返したいと思ってカミツレに参加しました。僕は簡単な魔法しか使えないので、雑用なんですけどね」  コエンは自分に呆れたように笑みを浮かべる。 「無駄じゃない。コエンのその思いは大切だ。きっとその思いはお姉さんに届いている」 「レクロマさん……ありがとうございます」  俺だって、そうでも思っていないと……。 「やっぱり、カミツレは家族を失って……みたいな人、多いんだな。俺だってそうだ」 「そうですね。副長も妻子を失って、カミツレに参加しているらしいです。僕もあまり知らないですが」 「そうなんだ」  あの人も……そんな過去を……。 ====================  しばらく静寂に包まれたが、コエンがその静寂を破った。 「あっ、あの……お二人ってどんな関係なんですか?」 「まぁ簡単に言えば、俺はシアという布に縫い付けられたステッチ、かな。シアがいないと自分を示せない、シアによって自己表現ができている。それに、ちょっとやそっとで切れることはない強固な信頼を寄せている」 「そうなんですか……恋人とかじゃないんですか?」  シアのことはこの世の誰よりも信頼しているが恋愛感情はない。 「「違うよ」」  シアと俺の声がぴったりと重なった。 「レクロマの事は好きだしかっこいいと思う事もあるけどそれは恋愛感情とは違う」  俺もそうだけどばっさり言われると悲しいな。 「そうなんですか。とっても息が合ってるみたいですので」 「三年間ずっと一緒にいるくらいだから。息が合っているからこそ一緒にいれるんだし一緒にいれば息も合っていくよ」 「コエンはいないのか、好きな娘(こ)とか」 「いっ……いないですよ」 「レティアはどうだ?」  シアが俺の脇腹を小突いた。 「こら、紫ちゃんはレクロマを好いてくれているんだからそんなこと言ったら可哀想でしょ」  シアは俺の耳元で囁いた。  確かになんでか好かれてるっぽいな。そのおかげでこんな良い部屋を使わせてもらえるんだからありがたいが。 「レティア様はかっこよくてはるか上の存在なのでそんな感情は全く起きないです」 「まぁ、そうだよな」  俺もコエンも食べ終わり、コエンは椅子から立ち上がって片付け始めた。 「それじゃあ、もう持っていきますね」 「ありがとう、コエン」 「ありがとうね」 「どういたしまして」  コエンは深々とお辞儀をして部屋から出て行った。
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