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力無き者
一人分の足音が聞こえてきた。足音の方向を見るとレティアが手を叩いて歩いて来ているのが見えた。
「さすがね、レクロマ君。アリジスに圧勝してみせるなんて。しかもまだ手は残ってるんでしょ」
「えっ、レティア」
やばい、見られてたか。
「今のは違いますよ、レティア様」
アリジスは必死で誤魔化そうとしている。
「何で隠そうとするの。技術の研鑽は大切なことでしょ」
あっぶね、見えてなかったのか。さすがにシアに頭を撫でられているところを見られるわけにはいかないからな。
「そう……ですね」
アリジスも安心したように生返事を返す。
「レティアはどうしたんだ。こんなところまで」
「あなた達が出て行ったから気になって追いかけて来たんだよ。追いかけて来たらあなた達が戦ってるのが見えたから少し離れて観戦してたのよ。それにしても、レクロマ君はシアさんと手を繋いでる時だけは本当に高い身体能力を持ってるのね」
レティアは、今回はシアを道具扱いしないで話せたと思っている。
「……わかってるよ」
レティアにそんなつもりがなくても、シアがなければ何もできない、シアに頼りきりの力って言われているみたいだ。俺だってこの三年間必死で努力して来たのに。
「何よその返し、褒めてるのに」
褒めてないだろ。意識してないからなおたちが悪い。
でも、本当にその通りだ。シアが俺の元から去ったら俺はまた何もできない寝たきりの生活に戻ることになる。そうなれば今度は生き続けられない。
あぁ……気づいてしまった。俺にはシアが必要だが、シアには俺は必要ない。むしろ重荷だ。捨てられるのは当然だ。
「……」
シアもアリジスもレティアの無神経な言葉に言葉を失っている。シアはしゃがんで俺を地面に降ろした。
まさか、捨てられる? シアは特に俺にこだわる理由なんて無い。今ここで捨てられたっておかしくない。シアに捨てられたら……俺は……
シアはレクロマを正面から抱きしめて頭を撫でた。きっと俺の緑色の感情を見たんだろう。
あぁ、とても安心する、が……こういうところもシアに頼りきりなのかもしれない。
「帰ろう、レクロマ」
シアは俺を抱き抱えたままカミツレの基地に向かってゆっくり歩き出した。
「シアさん、今日は歩くのゆっくりなのね」
「わざとよ」
シアがそう言うと、レティアは良くわからなかったような顔をしてアリジスと共に先に歩いて帰って行った。
シアは歩きながら時々俺を強く抱きしめてくれる。
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カミツレの基地に戻り、部屋に入るとシアは俺をベッドに寝かせた。
「どうしたの、こんな時間にベッドに横になるなんて」
「私は少しやらなきゃいけないことができたから。ちょっと待ってて、すぐに戻るから」
「まっ……」
待って、行かないで。そんな言葉が喉の奥まで出かかったが口には出せなかった。俺にはそんな権利なんて無い。ただ迷惑をかけて、何も返せない。シアは長い間生きてきて、たった三年俺と一緒にいただけだ。思い入れなんてあるはずがない。俺に付き合って俺の世話をしていてもシアには全く利点は無い。捨てられたってそれはしょうがないことだ。
ドアが閉まる音が無機質な部屋の中に響く。
この部屋、こんなに広かったんだな。シアが近くにいないなんて三年前にシアと出会ってから初めてだ。常に近くにいてくれた。シアは俺の手となって足となって、俺の友達であり母親であり姉だった。シアがいなかったら俺って何者なんだろう。
シアがいなくなることを嫌がるべきじゃない。むしろ、シアのおかげでもう一度動けたことを喜ぶべきなんだ。
「うぅ……あぁぁぁ……」
俺の手が動けば、この涙が拭えるのに。
目から溢れた苦しみが、目尻からシーツへと流れて行く。
……
俺もセレニオ村で死ねていたなら良かったのかな……。そうすれば、シアにもレディンさん達にも迷惑をかける事なく、苦しむこともなかったはずだ……
「あぁ……死にて……」
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