親子の絆

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親子の絆

 ヴァルトは自分の死を覚悟して、ヴァレリアのことを考えていた。  陛下、申し訳ございませんでした。頼りない息子で。陛下の子供には似つかわしくない不器用な、間抜けな男でした。しかし、私は陛下のおかげで生きていく目的を持ち続けることができました。私は幸せでした。  お母さん、勝手に死んでごめんなさい。お母さんが父親のことを信頼している理由が分かった、その気持ちを信じることができた。  お母さん、お父さん……先に死んでしまうなんて親不孝な息子でごめんなさい。生きていて……良かった。  レクロマ・セルース……たった一人の主観から生み出された正義が全てを守れると思うなよ。  ヴァルトは頭の中でそう言い切ったあと、働かない頭を必死に巡らせ、戦うエリネを観ていた。  本当に……成長したな……自分だけじゃ何もできなかったエリネが……  これが親心か……初めは陛下の子として恥ずかしくない行動をするために仕方なくしていたことだったのに……  誇らしいよ。  ヴァルトは、レクロマを相手に戦うエリネの勇姿を観ながら息絶えた。 ==================== 「そういえば、君の名前も聞いてなかったな。俺の名前はレクロマ・セルース。セルナスト王を殺す者だ」 「私の名前はエリネ・ヘイム。偉大なるセルナスト王国騎士団騎士団長ヴァルト・ヘイムが娘。貴様の命をお父様に捧げる」  エリネはエレスリンネを両手で頭の横に構え、刃先をレクロマの方へ向けた。 「あんなやり方じゃなければお父様がやられるなんてあり得ない。卑怯者……」 「ごめんなんて言うつもりは無い。それを覚悟で攻撃してきたんだろ」 「あなたも、そんな剣にこだわらずにいれば死ぬことなんてなかったのに」  エリネはレクロマに向かって飛び出し、エレスリンネを振り下ろした。 「死ね、レクロマ・セルース!」  レクロマはシアでエリネの攻撃を受け止め、弾き返した。 「復讐か。俺の気持ちが分かったか、大切な人を失う苦しみが」  レクロマは氷柱を撃ち出すが、エリネはそれを上下に左右に高速で移動して避けてみせた。 「こんな攻撃が当たるわけないでしょ」 「そうだな」  レクロマが左手を払うと、氷柱は一つにまとまり、いくつもの針状の突起が伸びてエリネの左腕に氷が突き刺さった。 「ぐぁっ……」  エリネはエレスリンネで氷を切り落とし、後ろに跳び上がった。そしてエレスリンネを振り下ろす。 「死になさい」  何か起こったのか? でも、何も変わらないように思えるが。 「レクロマ! 後ろに避けて!」  シアの言葉が頭に響く。自分の考えよりもシアの指示の方がよっぽど信頼できる。 「分かった」  急いで後ろに下がると、空中から現れたいくつもの大きな尖った石がレクロマが立っていたあたりに交差して突き刺さった。  こんな魔法、どれだけ魔力を使うんだ。 「このエレスリンネの力が分かる? お父様の努力と忠誠の結晶よ」  エリネがエレスリンネを下から上にくいっと持ち上げると、レクロマが立っているあたりの足場が盛り上がってきた。 「レクロマ! 飛んで!」  レクロマは跳び上がったが、盛り上がった地面がレクロマの足を捕らえた。 「うぉっ……マズい……」 「最後は私が直接あなたを斬り落としてあげるわ」  エリネは歩いて少しずつ近づいて来る。レクロマを包む土は体を登り、胴と腕を拘束していった。 「早く、抜け出さないと」 「レクロマ、行ってくるね」  シアは光を発して人間の姿になった。 「私がちょっと殺してくるから大人しく待っててね」  シアはレクロマの頭を撫でてエリネに向かっていった。 「シア! だめだよ。俺が戦わないと」 「大人しくしててね」  シアの穏やかな言葉とは裏腹に、その背中は雄弁にエリネへの殺意を物語っていた。 「分かった」  シアだってコエンが殺された怒りは持ってる。それは……分かるけど…… 「何だ貴様。私は貴様に興味はない。どきなさい」  エリネは跳び上がってエレスリンネを突き出し、シアの腹を狙った。シアはエレスリンネを左腕で退け、そのまま勢いよくエリネの首を掴んで持ち上げた。 「ぐっ……離せ……」  エリネはシアの腕を斬り落とそうと切りつけて必死にもがいているが、シアの傷はたちまち治ってしまう。 「あなたがコエン君にしてくれた借りを返すわ」 「私は私のするべきことを……しただけ……謝る気も……後悔する気も……無い……」  エリネはそのまま気を失ってしまった。 「くそっ……」  シアはエリネを坂の下へ投げた。エリネの体はまるで意志を持っているかのようにヴァルトの方へ流れていった。 ====================  エリネは地面に落ちてから数秒後に起きあがった。 「私は! レクロマ・セルースは! どうなって……」  エリネは、坂の上でレクロマを土の中から引き抜いているシアを見た。 「私は……私は……負けた。お父様に成長を見せられなかった」  エリネは息を引き取ったヴァルトの姿を見て膝から崩れ落ちた。ヴァルトのエリネを思うその表情に、エリネは涙が込み上げてきた。 「負けたのに……なんで……そんな満ち足りた顔を……」  エリネはヴァルトを抱きしめて泣きじゃくった。 「私は、お父様の娘でいられて良かった。ありがとうございました。うっ……うっ……あぁぁぁ……」 ====================  エリネはひとしきり泣いたあと、エレスリンネを鞘に入れ、背中に担いだ。 「お父様の意志は私が継ぎます」
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