乖離の始まり

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乖離の始まり

 ヴァルト達との戦闘から3日が経った。エリネがカミツレの外に作った坂は今も残されている。  レティアを含め、カミツレの全てのメンバーの怪我はシアが治してしまった。シアは時間経過で治せる程度の怪我なら簡単に治せるらしい。シアでも即死程度の怪我や死人を治すことはできない。  コエンは本当に死んでしまった……  レティアはカミツレの修復のために、宮殿への侵攻を遅らせるつもりのようだ。  レクロマを背負ってカミツレの基地の入り口まで出てきたシアに、すがるようにレティアがついてきた。 「本当に、先に行ってしまうの? あなた達ももう少しゆっくりして、一緒に行けば……」  レティアは淋しそうな目でレクロマを見つめてくる。 「今回の騎士団との戦闘でわかった。俺は他人と組むべきじゃないんだよ。迷惑をかけてばっかりだ。俺がカミツレにいなかったらコエンは死なないで済んだはずなんだよ」 「でも……あなたのおかげでカミツレは崩壊しなかった。それは変わらない」 「ありがとう……レティア。でも、俺は一緒に行けない。じゃあ……」 「じゃあね、紫ちゃん」  シアはレティアに背を向け、セレニオ村への行路(こうろ)に就こうとした。 「待って」  レティアは、思いもよらずに零れた自分の言葉に少し驚いているようだ。 「また、会えるかな……」 「王と戦う時にきっと会えるよ」 「そうだよね、また会えるよね。あなたに負けないくらい、私も頑張るから」  レティアは、少し安心したように、にこやかに笑った。 「あぁ、俺たちはライバルなんだろ」 「えぇ、必ず王に勝つわよ」 「もちろんだ」 「私、レクロマ君に会えて良かった。じゃあね」  レティアは柔らかく微笑んで手を振った。 「それじゃあ」  シアは再び行路に就いた。シアが時々後ろを振り返ってレティアを見ると、ずっと手を振り続けている。  少し歩いてから、シアは左手でレクロマの手を握った。少し不安げな雰囲気が伝わってくる。 「レクロマ、私と組むのはいいの?」 「何が?」 「さっき紫ちゃんに迷惑をかけたくないから他人と組みたくないって言ってたでしょ」 「何言ってるの、シアは他人じゃないでしょ」 「ふぅん。まぁ、そう言うと思ったけど」  シアの少し嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。 ====================  カミツレの基地が見えなくなった頃、レクロマの中に常にあった緑色の感情が膨らんできた。シアは背中から、それを感じていた。 「俺は本当に弱い……誰と戦っても、俺じゃ勝ちきれない、いつもシアがいないと勝てない。ちょっとシアが離れただけで不安になってしまう。何もかもシアに守ってもらってばかりだ。肉体的にも精神的にもシアがいないと俺は生きていけない」 「レクロマには、家族を思う気持ちと国王を殺して復讐するって大きな野心があるでしょ」 「気持ちだけじゃ……復讐することも……シアを守ることも……何も……できやしない」 「私は死なないって言ったでしょ。守る必要なんてない」  シアは左手で、右肩の上のレクロマの頭を子供をあやすように撫でた。 「嫌だよそんなの。死なないって、すぐに治るって言ってもその瞬間は痛いんでしょ。俺がもっと強ければ、シアを傷つけずに全て終わらせられるはずなのに。俺に何が足りないの……」 「うーん……強いて挙げるなら、私に頼ること……かな」 「これ以上シアに頼るなんて……そんなことできない」 「それが良くない。私は他人じゃないんでしょ。あなたは私に頼る以外に動く方法はない。そうなったら一も億も変わらない。骨の髄まで頼りきってしまえばいい」 「うん……でも、それなら俺である必要はないんじゃ……誰だって同じ結果になってしまう……」 「何度も言ってるでしょ。私は、レクロマだから頼ってもらえることが嬉しいの。他の人じゃだめ。私が信用してる人間はあなただけなんだから」  俺が一人で動ければ、シアを守れるはずなのに……俺はずっとシアに背負われてばかりだ。 ====================  シアはセレニオ村に向けてしばらく歩き続けた。その時、シアが口を開いた。 「コエン君が死んだこと、気に病んでる?」 「そりゃ……当然だよ」 「あなたが望むのは復讐でしょ、それなら多少の犠牲は仕方がない。人間は、何も失わずに何かを変えることなんてできない。コエン君のことはもう忘れた方がいいよ」  ……シアがそんなこと言うわけがない。 「それ、本気で言ってる?」  シアは少しの沈黙を唱えたあと、ゆっくりと口を開いた。 「……嘘。私も忘れられない。私にとても懐いてくれた。私を助けようとして死んだ……」  シアは目に涙を浮かべ、声は震えている。  シアは、口ではちょっと冷たいことを言っても心の中では思いやりに満ちている。  人間なんて醜い生物なんかより、人間味に溢れている。人間に近づこうと人間を学んだ結果か……シアが生きていないなんてこと、あり得ない。
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