一面の帰郷

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一面の帰郷

 セレニオ村に向けて半日程度歩いた頃、見覚えのある景色が見えてきた。 「ここって……」  ここは村の襲撃の時に、俺がメルと魚を捕まえていた川だ。  奥の方には地味な建物が集まった場所が見える。 「あそこがセレニオ村なんだね。綺麗な場所……」  帰ってきたんだな……俺の罪のありかに…… 「シア、一旦川原に降ろして」 「分かった」  シアは川のすぐ近くの草の上に座り、レクロマを脚の上に座らせた。シアの腕はレクロマを前から抱え込んでいる。 「分かりきっていたはずなのに……いざ行くとなると怖い。村の全てが俺に罪を突きつけてくるような気がする」  村の誰も、守れたはずのメルさえ守れずに俺だけが生きている。 「安心して、私がずっとあなたを背負い続けるって言ったでしょ。どんな罪だって私が一緒に背負ってあげる」 「ありがとう、シア。俺が受け止めなければいけない罪のはずなのに、俺一人じゃ抱えきれない。罪を償うためにこの3年間シアと努力してきたと思ったんだけどな……」  もう5年か……俺、何も変わってない。体も心も……何も成長していない。 「レクロマ、セレニオ村での思い出を教えてよ」  シアは気を使ってくれてるのか話を変えようとしてくれる。 「うん……セレニオ村には12世帯しかなかったけど、みんな仲が良かった。村には子供が少なかったってのもあって1つ年上のリレイとメルとずっと一緒に遊んでた」  シアは時々相槌をしながら聞いてくれる。 「メルが母さんの誕生日に花を摘んで花束を作った時は、走って転んで花を散らしてしまったことがあった。リレイに髪紐をプレゼントした時はすごい喜んでくれて、それからはずっとポニーテールにしてくれてた。あとは、リレイと一緒に村の外に出て道に迷った時は、ぐずった俺をリレイが引っ張ってくれてなんとか帰れた。なんてこともあった。その時は父さんと母さんだけじゃなくて村の大人たちみんなから怒られたよ。リレイも家に帰る方法が分からなくて、怖かったはずなのに年上だからって……とてもかっこよくて、強い子だった」  あの頃はすごく楽しかった。心から幸せだって思えた。 「あのままずっとセレニオ村で、なんとなくリレイと一緒にそのまま暮らしていくんだと思ってた」  シアは時々、髪を柔らかく撫でてくれる。 「どう? セレニオ村に行けそう? もしかしたら、思い出の物とかがあるかもしれないよ」 「うん、ありがとう。行こう」  シアは俺を背負ってセレニオ村に向かった。 ====================  村に着くと、一面の桔梗が村を囲んでいる。 「すごく、懐かしい……綺麗だ……」  昔はこんなには咲いてなかったが、セレニオ村のいいところの一つなのは間違いない。  シアはしゃがんで桔梗の花に鼻を近づけた。 「うん……上品な香り」  ここに住んでた時には気にも留めなかったが、微かにいい香りがする。 「本当に美しい花だな……」  中に入ると、見覚えのある建物、見覚えのある植木。夢で何度も見てきたこの村は懐かしい気も懐かしくないような気もする。  誰も住んでいないはずなのにとても美しい状態の建物が目に入る。 「なんで、こんなに綺麗なんだ。人がいなくなってから5年は経っているのに」  木は刈り揃えられ、雑草も見当たらない。 「シア、俺の家に行きたい」 「うん」 「左手にある、あの薄茶色の瓦の家だよ」  家の前に着くと、レクロマの家の周りだけに雑草が目に付く。  シアはドアに手をかけて中に入った。中に入ると、あの日の家が少しエイジングされ、そのまま遺されていた。  母さんの定位置だったキッチン横の椅子、父さんの定位置だったダイニングの椅子はあの時のままだ。メルの定位置だった母さんの膝の上はもうこの世には存在していない。  レクロマの目からは大粒の涙がこぼれ落ち始めた。 「この涙は何なんだろうね。埃が目に入ったからなのか、懐かしいからなのか、見るのが辛いからなのか」  シアは何も言わずに外に出て、木の影に座り、膝の上にレクロマを降ろした。この木の周りにも桔梗が咲き誇っている。 「あの場所は今のレクロマにとっては毒だよ。長居するのは危険」 「そうだね……」  シアはレクロマの頭を撫でながら指でレクロマの眼から溢れる涙を拭った。  涙で歪んだ視界の奥に見慣れない物がある。いくつもの石が地面に突き刺さっている。  何だ? あれ…… 「シア、奥のあれを見に行きたい」 「分かった」  近づいて見ると、村の人の名前が刻み込まれている。さらに、それぞれの石の前には花が供えられている。 「墓か……一体誰が……」  辺りを見回すと、奥の墓の前に膝をついている長い水色のストレートヘアの女性の背中が見える。女性は黒いフォーマルなスーツを着て、青いマントを羽織っている。  見たことがあるような気もするが、どこで見たのか…… 「あの……」  レクロマが話しかけると、女性は立ち上がりゆっくりと振り返った。 「もしかして……」  見たことのある所作、見たことのある笑み、見たことのある顔。 「もしかして……リレイ? 死んだはずじゃ……? そんな……」 「久しぶりだね、レッ君」  リレイはゆっくりと近づいてきて、シアの背中からレクロマを持ち上げ、抱きしめた。
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