本当の自分

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本当の自分

 少しの間、セレニオ村で暮らすことになった。レクロマはもう少しリレリックに慣れたいからって言ってはいるけど、本当はこの村から離れたくないってことなんだと思う。  その間、時々それまで以上の悪夢が彼を襲うこともあった。15歳まで暮らしていた家で寝ているのだから、罪悪感は増すのかもしれない。私が他の家で寝ることを提案しても、それはしないと言う。そして、欠かすことなく毎朝、毎夜、村人全員の墓に祈りを捧げている。そんなレクロマを見続けるのは……辛い。 ====================  ある夜、レクロマは震えるような不規則な呼吸で目を覚ました。シーツは汗でぐっしょりと濡れている。シアは隣で横になりながらレクロマの胸を撫で続けている。 「落ち着いて、私が隣にいるよ。全てをレクロマだけで抱え込む必要はもうないよ」 「はぁ……はぁ……シア、ありがとう。今度のは、幼かった頃のリレイが純真な笑顔で遊びに誘ってくる夢だった。もうあの頃に戻れないのに……俺が殺したのに……」  レクロマの声は涙に震え、じっと天を見つめている。 「大丈夫、大丈夫だよ……リレイさんは最後満ち足りたような感情(いろ)だった」 「そうか……満ち足りてたのか。リレイは……最後。……ごめん、リレイ……」  シアがゆっくりとレクロマの胸を撫で下ろし続けると、次第に呼吸は落ち着いてきた。シアは指でレクロマのまぶたを閉じ、目の上に手のひらを置いた。 「おやすみ、レクロマ」  シアは眠ることなく、隣でレクロマを見つめ続けていた。 ====================  レクロマがご飯を食べる時間、食べる物、寝る時間、着る服、すること、全てシアが管理している。だが、それはシアが決めているのではなく、レクロマが思うこと、考えていることをシアが、レクロマが言うよりも先に予測して対応しているのだ。  それは、感情を読み取るだけでなく、シアがレクロマの考えを完璧に理解していることを意味している。それにより、レクロマに遠慮させることなく最高のコンディションを維持する。  シアはレクロマとリレリックについて考えていた。  リレリックでレクロマが動けるようにするっていうのは私の提案だけど……リレリックで私の時以上に強くなれるなんて、そんなの嫌。それじゃあ私の価値が薄れてしまう。私である必要がなくなってしまう。私の居場所を守るためには、レクロマをもっと私に依存させないといけない。それなら…… 「シア、どうしたの? なんか顔色悪いよ? 大丈夫?」  レクロマの家の少しカビの生えたベッドに座らせられたレクロマが、心配そうにシアに話しかけた。 「ううん、何でもないよ。そのリレリック、私が持ってようか?」 「いや、俺が持ってるよ。何もかもシアに持たせるのは申し訳ないし……」 「いいの、動かない時に持ってても邪魔になっちゃうでしょ?」 「シアがそう言うのなら……」  そう言うと、シアは腰の鞘ごとリレリックを外し、自分の腰につけた。  これで、レクロマが動けるかどうかも私の管理下だ。もしレクロマの気が変わって私を捨てて一人で出て行くこともできなくなった。  でも、これだけじゃまだ足りない。私の役割が他の剣に奪われるのは、たとえリレイさんの形見なんだとしても嫌だ。 「レクロマも少し顔色悪いよ。リレリックで体を動かしたからじゃない? やっぱりリレリックは完全にコピーすることはできないってことなんだと思うよ。リレリックを使い続けるのは危険だよ」 「そっか……やっぱりシアじゃなければいけないのか……それじゃあリレリックで体動かすのは極力やめるよ。シアが言うなら、それが正しいんだよね」  レクロマは少し寂しそうな顔をして軽くリレリックを見た。感情の色は青みがかった白色だ。決してシアを疑うことなく心から信じ切った色。  願ったり叶ったりのはずなのに何なの、この罪悪感は…… 「何で私を疑わないの?」 「え?」  シアは俯きながら強い口調で語り始めた。 「私は自分のことしか考えてない。レクロマのことなんて考えてない。私はそんなに完璧じゃない。私は私のためだけにレクロマに優しく接して、ずっとレクロマを騙してきた。私の居場所を守るためにリレリックをレクロマから引き剥がそうとした。気持ち悪いよ……」  シアの声は次第に張り上がっていく。 「シア、手を貸して」  シアはレクロマに応じて、少し不安げにレクロマの手を握った。 「シアは俺にとってはいつも正しくて優しくて、いつも俺のことを気遣ってくれる完璧な存在だよ」 「違……本当の私はそんな美しくないよ……もっと汚れてる。私は私のためだけに、レクロマを誰にも奪われないように努めてた。レクロマが喜んでくれるから都合の良い事言ってただけ……。人と生きる幸せを知ってしまったから……もう一人きりにはなりたくなかったから……。レクロマの依存を私だけに向けさせ続けていた」  シアは苦しそうに右手で頭を押さえている。 「それの何がいけないの?」  シアは、ガチガチに固められた心の鎧の隙間にハリガネをぷすりと刺されたような感覚に陥った。 「えっ……?」 「俺は酷いことされたとか全く思っていないし、むしろ信頼できる人だけが常に一緒にいてくれるなんて……俺はとても嬉しい。シアは自分だけのためだって言うけど、その結果俺はとても助かっているし、救われてる。優しい自分は本当の自分じゃないとか、外側の自分は取り繕ってるだけだとか、そんなこと関係ない。内側の、自分のことしか考えてないシアも、外側の、取り繕われた優しいシアも全部含めてシアでしょ。どんな人なのかなんて結局誰かの主観でしかない。誰もが、シア自身すらも外からシアを見て評価しているだけ。誰も内側なんて見れない。俺からは、シアは完璧な存在に見えてる。自分の内側が嫌いなら、取り繕った外側の自分で全員を、自分さえずっと騙し続けてしまえばいい」 「レクロマ、優しいんだね……」  レクロマはきっと私のためにこう言ってくれている。 「違うよ、俺はずっとこういう考え方だよ」 「分かった、騙されるよ」 「今の俺はシアあってこそなんだから……」  レクロマ、いつもは幼いくせに…… 「ありがとう……」  シアは、力が抜けたようにレクロマの前にしゃがみ込んだ。 「それで……リレリックを使わない方がいいっていうのは本当なの?」 「ごめん……嘘だった」  シアは自分の腰の鞘をレクロマに付け直した。 「そっか、良かった。リレリックがあれば、いつもリレイを側に感じられる。それに、シアと一緒に動いていられるもんね」  シアはレクロマにリレリックを持たせ、手を繋いで隣に座った。 「レクロマが内側の私を知ってもなお、私を望んでくれるなら……私はレクロマの側にいるよ」
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