奪われた者達

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奪われた者達

 エリネはヴァルトを王宮へ連れ帰り、葬式を終わらせた後、誰もいない家に帰って来ていた。  お祖父様の顔、見れなかった……どんな顔して会ったらいいの? お父様が死んだ原因が……どうやって会ったらいいの? こんなんでお父様の意志を継ぐことなんてできるの……  元々広い家だったが、もっと広く感じる。 「こんな大きな家……私一人じゃ広すぎるよ」  私……これからどうしたらいいの? お父様がいなくて、私に何ができるの?  エリネはエレスリンネを常に背中に担いでいる。ヴァルトの存在を少しでも感じているために。淋しくなった時にはエレスリンネを抱きしめる。  こんな情けないところ、お父様に見てもらいたくない。  ヴァルトの書斎に入り、椅子に座ろうとすると、机の側に何か大きな箱が置いてあった。 「何これ」  箱を開いてみると、そこには一枚の紙と紺色の鎧が入っていた。紙を取り上げて見ると、たくさんの文字が書いてあった。 ──────── エリネへ  18歳の誕生日おめでとう。君もついに成人だね。出会った時は怖いほど何もできなくて、心配だったのに本当に成長したね。  騎士団に入ってメキメキと力をつけているエリネにプレゼントだよ。私のお古の鎧より、君にピッタリ合う鎧だ。  君は素質もあってやる気もある。きっともっと強くなれる。私なんて比にならないくらいに。  だが、強くなるだけが人生じゃない。君の望む生き方で生きていってくれ。幸せになれ。 ヴァルト・ヘイム ────────  誕生日……お父様がくれたもの。お父様に拾ってもらった日だ。まだまだ先なのに……用意がいいのか、不器用なのか、プレゼントするのを楽しみにしてくれていたのか。  エリネは鎧を箱から取り出してみた。今着ているものより豪華だ。  私にはもったいないくらいだ。  エリネは元々着ていたヴァルトのお古の鎧を丁寧に脱いで片付けた。新しい紺色の鎧を少しずつ取り付けていく。 「うわぁ……ピッタリだ」  女性用の鎧……今まではお父様のお古を使ってたから。  軽くて、動きやすくて、かっこいい。  感謝……感激……雨霰……  これからは、お父様にもらったこの鎧を着て……私は…… ====================  エリネは騎士団の訓練場で、ひたすらエレスリンネを使いこなす練習をしていた。何度も素振りをして重さと長さに慣れ、エレスリンネを介して魔法を使うことで魔力操作の練習をする。 「お父様はもっと必死に訓練していた、まだ足りない。もっと頑張らないと……もっと頑張らないといけないのに……涙が止まらない。止まっちゃいけないのに……」  お父様のことを思い出すと、不意に涙が溢れてしまう。お父様のことを忘れなければ、ずっと生きているはずなのに。  エリネはエレスリンネを鞘に収め、うずくまって泣き始めた。  すると、後ろからいきなり肩を触られた。 「君、大丈夫? 具合が悪いなら、医療所に連れて行こうか?」 「誰?」  エリネが振り向くと、そこには黒髪黒目の青年がいた。腰にはレイピアが携えられている。左腕があるはずの部分には、厚みを感じられない。 「俺はテルモ・サトゥール。よろしくね」  声、低……ちょっと怖い。 「えっあぁ……はい。よろしくお願いします」 「それより、君……どうしたの? 大丈夫?」  エリネは真っ赤に泣き腫らした目を手の甲でゴシゴシとこする。 「何でも……ないです」 「そっか……それならいいけど。訓練に精が出るね。頑張ってね」  サトゥールは気を遣ってか、あまり踏み込んではこなかった。サトゥールはそのままエリネに背を向けて訓練場を出て行こうとした。  でも、少し気になる所がある。 「あの……その腕……」  サトゥールは少し顔がこわばったが、すぐに元の優しい表情を取り戻した。 「あぁ、この腕か……ちょっと因縁があってね。腕を失っちゃったんだよ」  サトゥールは服の腕の部分を握って、腕がないことをアピールしてみせた。 「え……」 「不便だけど、まぁ慣れたよ。時々、左腕が熱くて潰れるような痛みが、ないはずの神経を走り、憎しみが俺を飲み込んでくる。なんてこともあるけど……」  サトゥールの表情には、次第に影が映っていく。 「そんなことが……」 「いきなり変な話してごめんね。それじゃ、俺は行くよ」  サトゥールは、左腕があったはずの部分の袖を強く掴みながら出て行った。 「……っくそ」  エリネはサトゥールが出ていくところをじっと見ていた。 「何、あの人……」  他人の苦しむ様を見たせいか、涙は止まっていた。
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