騎士団長に捧げる

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騎士団長に捧げる

 エリネが下に降りると、騎士団は進軍を開始していた。  お父様は騎士団長だったにも関わらず、いつも最前線で敵を圧倒していた。私も、最前線で戦う。  走って騎士団の先陣の方に向かうと、前線を歩くサトゥールの姿があった。 「何で、エリネさんがここに……陛下の命でこの戦いに参加させるなって言われていたはずなのに」  やっぱり、お祖父様がそんなことを…… 「私はお祖父様を守るために戦うの。たとえ私の命が降伏点を迎えても……」 「そうなんだとしても、君はこんな前線で戦う必要なんてないだろ」 「テルモさんだってそうでしょ。テルモさんくらいの若い人はこんな前線にいる必要なんてないはず……」 「俺は敗走の汚名をすすぐために、もっと強くならなきゃいけない。あのイレギュラーを……レクロマ・セルースを殺すために……。もっと力も名声も必要なんだ」  サトゥールの目は強く一点を見つめている。 ====================  何日か経ってセルナスト王国とファレーン王国の国境に近づいてきた。  騎士団が進んで行くと、前方に砂煙が上がっているのが見え始め、大勢の足音がかすかに聞こえる。 「ファレーン王国軍か」  セルナスト王国騎士団の先頭を歩いていたヘラディバート騎士団長代理が後ろを振り返った。ヘラディバートは大声を張り上げて団員に怒鳴った。 「止まれ!! 前方にファレーン王国軍が見えている。敵が攻撃を仕掛けてくるまで、絶対に攻撃を加えるな! ファレーン王国の攻撃に対する報復という大義名分のもとに敵を叩き潰す!! ファレーン王国の不当な侵攻に屈するな! 仕掛けてきた攻撃は避けるか防御しろ、絶対に怪我をするな! 圧倒的に勝ってみせろ!」  ヘラディバートは右手を振り上げた。蓄えられた髭が大きく震えている。 「近年の我が騎士団の強さは、ヴァルト・ヘイム騎士団長によるものであった。だが、我々は騎士団長に頼りきりではない! 騎士団長に恥ずかしいところを見せるな! 安心して逝けるようにセルナスト王国騎士団の圧倒的な強さを見せつけろ! 進め!!」  すると、騎士団員はヘラディバートの叫びに呼応するように咆哮し、戦闘の準備を整えながら、さらに歩くスピードを上げて進み出した。  やっぱり、お父様はすごい人だ。誰もに力を認められ、愛されて、尊敬されている。私ももっと強くなって、お父様のように……。  サトゥールが右手を、無い左腕にかざすと魔力で左腕が創り出されていった。 「その左手……」 「さすがに戦う時は左腕が無いと不便だからね」  サトゥールは腕を軽く曲げたり伸ばしたり、手を握ったり開いたりしてみせた。そして、腰のレイピアを右手に構えた。  エリネも、背負っているエレスリンネを右手に持ち出して、鞘から抜いた。 「君、騎士団長の娘さんだよね?」  エレスリンネをじっと見ていたエリネに、騎士団長代理が話しかけてきた。 「はい、そうです」 「やっぱり来たんだね。君も騎士団長のために戦うのか……下がっていてくれ、お願いだ」 「それは聞き入れられません。私が生きている理由はお父様だけだから」  ヘラディバートは呆れたように、安心したように笑いかけてきた。 「絶対に怪我するなよ。騎士団長が悲しむからな」  ヘラディバートはエリネの肩に手を置いた。 「あいつはとびきり優秀な部下だった。入ってきたばかりの時はセンスの無い有象無象の中の1人だと思っていた。だが、陛下のためだと言って人一倍どころではなく五倍も十倍も努力して……結果、騎士団長にまでなってしまった。本当に……惜しい人材をなくしたよ……」  ヘラディバートはどこか遠い目をしながら話している。  その間も、ファレーン王国の王国軍は近づいて来ている。セルナスト王国騎士団の最前衛は盾を構え、防御魔法が得意な者が大きな結界を張っている。  ファレーン王国敵将の、攻撃! という合図をきっかけに、様々な魔法が打ち込まれ始めた。 「来たぞ! 構えろ!」  ヘラディバートが目の前で左手を振ると、空間に大きな歪みが生まれた。  ファレーン王国が放った魔法は騎士団員の盾や結界に当たり、儚く消えてゆく。ヘラディバートの目の前の歪みに触れた魔法は、その歪みの中へ吸い込まれ、消失する。  エリネやサトゥールはヘラディバートの圧巻の魔法に見入っていた。 「本当に、扱いにくい魔法だよ」  ヘラディバートはぼそりと呟き、剣を前方に掲げた。 「大義名分は得た! ファレーン王国を叩き潰し、騎士団の力を示せ!」  騎士団は咆哮してファレーン王国軍に向かって走り出した。そして剣を交え始めた。その中でも特に目立つ者がいた。エリネだ。  きっとお父様は見てくれている。きっと私に力をくれる。 「お父様に代わってこの国とお祖父様を守る」  そう言いながらエレスリンネを水平に振ると、地面から針状の(いわお)が放射状に迫り出し、ファレーン王国の兵士を次々と貫いていった。草がまばらに生えた荒地に滴る血は、一瞬で大地を潤していく。  その様子を見て、剣を振り下ろしていたファレーン王国の兵士は手を止めてしまった。騎士団も巻き添えを食らわないように武器を構えたまま後ろに下がっている。
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