英雄の帰還

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英雄の帰還

 数日の後にエリネが王都に凱旋すると、市民の誰もが歓声で迎えた。エリネに向けて必死になって手を振る少年や、呆気に取られたように立ちすくんだお婆さんもいる。隣の家の奥さんは手のひらで目元を押さえながら泣いている。  私たちがこの笑顔を守ったんだ。みんなが喜んでくれる。お父様の代わりになれるように……これからも……  一度騎士団の基地に戻り、雑務を終えてから解散となった。ヘラディバートは陛下への報告へ向かい、サトゥールは騎士団の寮へと帰って行った。  エリネは家に帰りながら、お祖父様から勲章をいただけるなんてこともあるのかな、などと考えていた。  陛下に会ったらきっととっても褒めてくれる。と、足取りは軽快だった。  エリネが家に帰ると、ヴァルトの書斎の机に置かれたある絵が迎えてくれた。6年程前にエリネがヴァルトの誕生日に送ったヴァルトの似顔絵だ。書斎の2番目の引き出しに入れられていた。割れるような物でもないのに緩衝材で丁寧に包まれ、大切そうにしまわれていた。 「酷い絵。お父様のかっこよさも優しさも何も表現できていない」  エリネは似顔絵の前でエレスリンネを鞘ごと取り外し、抱きしめた。 「私、少しはお父様に近づけたかな。お祖父様の、セルナスト王国の役に立てたのかな。今はあんな卑怯な手しか取れないけど、きっとお父様を超えるくらい強くなってみせるから。見ててね、お父様」  エリネはエレスリンネを机に置き、ヴァルトの書斎を後にした。 ====================  次の日の昼過ぎ、玄関の扉を叩く音、エリネを呼ぶ声が聞こえてきた。  エリネがエレスリンネを背負って玄関の扉を開くと、何人もの騎士団員が待ち構えていた。 「え……何……」 「エリネ・ヘイム、君を命令違反で禁錮刑とすることとなった。ついてきてもらう」  エリネの腕は騎士団員によって掴まれ、動きは拘束された。 「何それ……裁判は? 裁判も無しにいきなりなんて──」 「もう決められたことだ」  エリネは何を言うことも許可されず、無理矢理に騎士団の基地に併設された刑務所に連れて行かれた。  刑務所に入り、上層にある特別禁錮室と呼ばれる部屋に入れられた。特別禁錮室は、普通の部屋のようで、とても刑務所とは思えない装飾がなされている。 「必ず数人が外に待機しておりますので、何かご要望がございましたらお呼びください」  エリネを連れてきた騎士団たちは、急に態度を変え、深々と礼をして出て行った。扉には外と内から鍵を掛けられるようになっており、覗き口は内側から開閉できるようになっている。  エリネは広い優雅な部屋にぽつんと残された。 「命令違反……」  エリネは装飾の美しいカーペットの上にへたり込んだ。 「命令違反か……いくら手柄立てたと言っても私は犯罪者……またお祖父様に、私のせいで迷惑をかけてしまった。レクロマ・セルースを殺すことだって……もう叶わない」  エリネは鞘ごと取り外したエレスリンネを抱きしめ、そのまま床に倒れた。 「お父様……私、頑張ったよ。頑張ったよね……。でも、お祖父様に迷惑をかけてばかり。お父様の意志は私が継ぐって言ったのに……」  エレスリンネを抱きしめたまま寝転び、天を仰いだ。 「これからは何のために生きればいいのかな……何もかも疲れちゃった……。もう頑張りたくない……頑張れないよ」  エリネは手の甲で涙を拭い始めた。 「ごめんなさい……お父様……ごめんなさい……」  エレスリンネを抱きしめたまま、泣きながら眠りについた。 ====================  翌日、サトゥールはヘラディバートに面会の予定を取り付け、団長室に赴いた。 「入りなさい」 「失礼します」  部屋に入ると、ヘラディバートは頭を抱えていた。 「単刀直入に聞きます。エリネ・ヘイムが捕らえられているのはどうしてでしょうか」  ヘラディバートはやっぱり来たかとでも言いたそうな顔をした。 「どうしても何もない。命令違反だ」 「ですが、彼女のおかげでファレーン王国の攻勢を退け、将軍を打ち取り、ほとんど怪我人を出さずに勝利することが出来たのですよ」 「騎士団において、命令違反は最も重い罪だ。君だってそれは知っているだろ」  ヘラディバートはなるべく早く話を切り上げさせようと突き放すように話すが、サトゥールが引くことはない。 「ですが!」 「どんな功績を挙げようともそれが変わることはない。罪は罪だ……」  ヘラディバートは自分自身に言い聞かせるように言う。 「それなら私が、何をしてでも……彼女を連れ出します」  サトゥールは腰につけた剣を抜き、団長室を出て刑務所へ向かおうとした。 「君も捕まりたいのか?」 「俺はあのレクロマ・セルースを殺せるなら、それくらいの罪……いくらでも犯してやる」  ヘラディバートは諦めたように息を吐き、サトゥールの左肩に右手を掛けた。 「分かった、話す。だから、その剣はしまってくれ」  ヘラディバートになだめられ、サトゥールは仕方なく剣を鞘に収めた。
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