守るために

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守るために

 ファレーン王国から帰った直後、ヘラディバートはヴァレリアの書斎に赴き、報告していた。ヴァレリアはヘラディバートに背を向けて座っている。  いつも側に立っていたゼルビア様は、今は外されているようだ。 「命令違反で禁錮刑? エリネ・ヘイムをですか?」  ヴァレリアの突飛な指示に、ヘラディバートは不意をつかれてしまった。   「あぁ、そうだ」 「それは冷厳(れいげん)すぎやしませんか? 手を焼いていた敵将を一人で討ち取ってみせたのですよ」 「命令違反は命令違反だ。しかも、最前線で起こったのなら、統率が執れなくなって危険な状況になる可能性だってあったはずだ。今後、そういったことが起こらないようにするために、ここで甘い判断を下すわけにはいかない」 「お言葉ですが陛下。エリネ・ヘイムは自分のために命令違反を犯したのではなく、自分を危険に晒して仲間を、そしてこの国を守ったのですよ」  ヘラディバートの身振り手振りは大きくなってきた。 「結果、先の戦いでは死者はおらず、怪我人もほとんどいません。そして、疾風のイディオットを討ち取ったことでファレーン王国に攻められる危険も減るでしょう。これ以上の勝利がありますか? それもこれも全てエリネ・ヘイムが自分の意志で戦った結果です。私の指示の下ではこのような戦果は得られなかったでしょう」  ヴァレリアは自分に呆れたように息を吐き、椅子を回転させてヘラディバートの方を向いた。 「彼女は自分のために命令を破るような子ではない。それは分かっている。どんな理由だっていい、あの子が危険に突っ込まないようにできるきっかけがあればいい。あの子に絶対的に安全な環境を与えたいんだよ」  ヘラディバートは、ヴァレリアの言葉に驚きと呆れが止まらなかった。 「特別禁錮室に閉じ込めろと言ったのは、私の自己満足だ。孫娘の意志を尊重せず、自分の思い通りにしようとしている。だめな保護者だ。だが、あの子には、父親のためだとか私のためなんかじゃなく、自分の幸せを見つけてもらいたい」  ヴァレリアは腕を組んで机にもたれかかり、少し俯いた。 「情けない話だが、ファレーン王国が攻めてきてあの子が出て行ったとき、酷く後悔したよ。私が引き留めなかったせいで傷付いたらどうしよう、また大切な人を失ったらどうしようって……だから、拘束してでも、自由を奪ってでも、守ると決めたんだ……」  陛下だって一人の人間か……神じゃないんだな。 「傷ついてほしくないから拘束した、なんて言おうものならきっと無理矢理にでも出て行こうとする。エリネちゃんには絶対に言うなよ」 「承知いたしました。陛下の望みには可能な限り協力させていただきます」 「ありがとう、ヘラディバート騎士団長代理」 *************  ヘラディバートが話すと、サトゥールは納得はしきれないが受け入れようとした。 「それなら! 私に監視役、世話役を任せてもらえませんか?」  サトゥールは右手で机を叩き、身を乗り出した。 「君には任せられない。彼女をあの部屋から出してしまうだろ」 「いえ、陛下のエリネさんを守るために閉じ込めるという考えには共感できます。彼女の、陛下の役に立つという願いを叶える方法は、なにも戦うだけじゃないってことを知ってもらいたいんです。彼女の代わりにレクロマ・セルースを殺して、彼女には安心して自分の生き方をしてもらいます」 「そうか……分かった。左腕が無いと言っても君なら十分に働けるだろうからな。世話係は一人じゃない、もし君が不審な動きをしたら君には普通の監房に入ってもらうことになるから気を付けたまえ」 「ありがとうございます、騎士団長代理」 「詳細は追って連絡する」  ヘラディバートがそう言うと、サトゥールは頭を下げ、丁寧に部屋から退出していった。  ヘラディバートは団長室を見回し、背もたれに寄りかかった。 「騎士団長か……憧れていた存在ではあったが、なかなか大変なものだな……私では少々荷が重い……」 ====================  数日が経ち、サトゥールがエリネの監視役となった。 「失礼します。昼食をお持ちしました」  サトゥールが昼食を一旦近くの机に置き、特別禁錮室の扉を叩いた。 「はい……どうぞ……」  部屋の中からは力のない返事が返ってきた。中に入ると、エリネはエレスリンネを抱き抱えたまま豪華なソファの上で小さく丸まっていた。 「こんにちは、エリネさん。お昼ごはんを持ってきたよ」  エリネは頭だけを上げてサトゥールの方を向いた。 「あ、え……テルモさん……」 「大丈夫?」 「はい……何も問題ないです。ちょっと疲れちゃっただけ……。ここは自由で、何も心配することも、不自由も何もない……生きる理由も……」  サトゥールはテーブルに昼食を置き、エリネの側に膝をついてしゃがんだ。 「お昼ごはん食べるかい? 朝ごはんにもあまり手をつけてないみたいらしいし」  サトゥールはテーブルの上のトレーをエリネの方へ近づけた。 「大丈夫です。動かないとお腹も空かないので」 「それじゃあ、また訓練でもして体を動かす?」 「私は捕えられた身ですよ。そんなこと、許可されてません」 「大丈夫だよ。君に監視役がついていれば、どんなことも許可されている」 「……ありがとうございます」 「お礼は陛下に言ってくれ」
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