あなた以外に染まらない

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あなた以外に染まらない

 レクロマはシアと共に家の中を整理している。左手にはリレリックを握っている。  レクロマは柱に刻まれた傷を見ていた。 「あ……これ。俺とメルの身長の推移だ。誕生日になったらいつもこの柱に身長を記録してたんだ」 「やっぱり、人ってたった数年でこんなに大きくなれるんだね」 「すっごい懐かしい……。俺にもこんな小さい頃があったんだな……」  懐かしいものばっかりだ。小さい頃のおもちゃとかノートとか服とか。  シアはクローゼットを開いて父さんと母さんの服の整理を始めた。 「レクロマ、この服はどうしようか」  シアは母さんの黒いドレスを持ってきた。 「他の服と比べてひときわ丁寧に仕舞われてたよ」 「これは母さんのブラックウェディングドレスだよ」 「へぇ黒いウェディングドレスなんだ。珍しいね」 「お金がなくてあんまり派手な高いものが買えなかったから、シンプルで質の良い普段使いできるドレスをこだわって作ってもらったんだって。ウェディングドレスって白がメジャーらしいけど、俺は黒が普通だと思ってた。黒いウェディングドレスには、あなた以外の色には染まらないって意味があるって誇らしげに言ってたよ」 「良いドレスだね」  シアはドレスの布を滑らかに撫でた。 「シアにあげるよ、そのドレス」 「え……いいの? お母さんの形見なんじゃないの?」 「いいよ。着ておいでよ」 「うん。ちょっと待ってて」  シアは隣の部屋に出て行った。 ====================  しばらくすると、シアが帰ってきてドレスを差し出してきた。シアの服は元の服のままだ。 「はい、レクロマ。返すよ」 「気に入らなかった?」 「ううん、すごい気に入った。私は服を魔法で構成してるの。詳細なイメージさえできればどんな服でも再現できる。だからね──」  シアが手を広げるとシアの周囲が光り始めた。次第に黒いものがシアを覆っていった。  シアはくるりと回り、スカートはふんわり広がった。生地はシルクサテンで、シュッとしてフワッて感じだ。 「ジャーン。どう? 似合う?」  サイズはシアにぴったり合っていて、シアの落ち着いた雰囲気にも似合っている。白いワンピースも良かったが、このドレスもすごく良い。 「すごい似合ってるよ。かわいい」 「ふ、ふーん。そっか、似合ってるんだ。ありがとう」  シアは目を泳がせながらそそくさと離れていった。  自分で似合うかどうか聞いてきたのに……照れられると俺のほうが恥ずかしい。  このドレスを見ると、母さんを思い出してくる。出掛けもしないのにこのドレスを着て、嬉しそうに家の中を歩き回ってたこともあった…… 「母さん……」  レクロマはシアに重なって見える母親の幻から目をそらすように後ろを振り向いて、しゃがみ込んだ。シアはそんなレクロマを後ろから抱きしめた。 「甘えていいよ、お母さんが生きてた頃みたいに」 「シア……ありがとう」  レクロマは振り返り、シアの促されるがまま胸元に顔を埋めた。 「母さん……大きくなってから言うこと聞かなくなって……ごめんなさい」 「いいよ」  シアはレクロマの頭を優しく撫でている。 「何も恩返しできなくて……ごめんなさい……」 「いいよ」  レクロマの声は涙に震えている。 「今までありがとうって言えなくて……ごめんな……さい……」 「いいよ」 「メルを守れなくて……ごめんなさい……」  シアはレクロマの肩をさらに強く抱きしめた。 「大丈夫、私はレクロマの責任の取り方を尊重する。一緒に背負うよ」 「ありがとう……シア……」 ====================  それからしばらくの間、シアはレクロマを抱きしめ続けていた。 「母さん……」 「どうかしたの? レクロマ」 「母さんの料理が食べたい」 「分かった。お母さんの料理には届かないかもしれないけど、許してね」  シアはレクロマの手のリレリックを鞘にしまい、レクロマを背負い上げる。ダイニングに移動し、椅子に座らせた。 「何が食べたい?」 「豚肉白菜のミルフィーユ蒸しが食べたい。母さんの作る料理で1番好きだった」 「分かった。楽しみに待ってて」 「シア、料理できるの?」 「今まで1人で生きてきたんだよ。それくらい御茶子さいさいだよ」  シアは魔法の異次元から取り出した豚肉と白菜を台所に置き、魔法で作り出した水で洗い始めた。レクロマは台所に立ってご飯の支度をしているシアをじっと眺めている。  この光景……なんだか怖い、あの時の夢を思い出す。あの、幸せだった頃のセレニオ村の夢。 「シ、シア……俺、すごく幸せだよ」  シアは手を止め、レクロマの方を振り返った。 「ふぅん。幸せなんだ」 「えっ?」  まさか……またあの時みたいに……  次の瞬間、シアは満面の笑みで微笑みかけてきた。 「ふふっ……よかった」  シアの笑顔に、せっかく収まった涙がまた溢れ出した。 「俺……幸せになって……いいんだね……」  シアは手を拭いてレクロマに近づいてきた。 「やっと幸せを認めてくれたんだね。今まで幸せな色になりかけても、それを押さえつけてたのに」 「幸せになるって、みんなの死を忘れるってことじゃないの?」 「ううん、違う。幸せは生きるための糧だよ。人は幸せを感じるから生きていける。でしょ?」 「うん……」 「死んだ村の人たちもきっとレクロマにそれを望んでる」 「シア、抱きしめて」  シアはレクロマを抱きしめて、抱え上げた。 「これじゃあ料理作れないよ」  シアは軽く笑って背中を撫でた。 「シアと永遠に一緒にいたい、ずっと……。復讐を終わらせてからも。人間を捨ててもいい。俺も永遠に生きれるようになったらいいのに……。シアだけを残して俺だけが死ぬなんて嫌だ」 「それはだめだよ。命が輝ける量は決まってる。長生きすればするほど命は希薄になっていく。そんな命に価値なんて無い」  シアはレクロマを椅子に座らせ、シアは後ろからレクロマ柔らかく抱きしめた。 「私は、レクロマと会うまでずっと薄っぺらい人生だった。でもね、今が一番輝いてるって思えるよ。あなたのおかげでね」  シアはレクロマの頬に自分の頬をくっつけていた。
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