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ひとりででき……ない
シアはレクロマの口にできた料理を運んでいる。見た目はすごく上手にできている。
なんだかすごく生焼けで味付けが薄い。
「シア、お……おいしいよ」
「おいおい、私に嘘は通じないよ。色を見ればわかる」
「……ごめん。おいしいって言ったけど……実はなんだか鶏肉が筋っぽくてジャガイモがジャリジャリしてる。それに、味がちょっと薄いかなって思っちゃった。ごめんね、作ってもらったのに」
「えっ、そうなの? 今すぐ直すね」
シアは鍋に手をかざし、炎の魔法を発現させた。すると次の瞬間、鍋の中には黒いものだけが残った。
「あぁ……えーっと……できあがり」
シアは箸で掴もうとしたが、箸の間を黒い物体がすり抜けて消えていった。
「……」
レクロマがシアをじっと見ると、シアはレクロマからの視線をさっと隠した。
「私は食べる必要なかったから、料理なんてしたことなかった。だから失敗してもしょうがないよね。初めてなんだもんね」
シアは早口で自分の失敗を仕方なかったということにしようとしている。
「別に失敗してていいよ。食べさせて、それ」
「何言ってるの? それはもう有機物じゃない」
「食べるよ。シアがせっかく俺のために作ってくれたものなんだから」
「……いい男だ」
シアは軽くはにかんで、箸についた物体を鍋の縁で軽く叩いて落とした。
「俺も少しでも何かを返したいなって思って……」
「それじゃ、口開けて」
レクロマの開けた口に、箸に少しだけ付着した物体を舐めさせた。
「すごく……おいし……い……」
レクロマは、すぐそこまで上ってきた吐き気とともに、その物体を飲み込んだ。シアはレクロマに気づかれないように一瞬のうちにその物体を捨てていた。
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シアは、気を取り直していつも通り魔法の異次元から取り出したレディンさんのパンをレクロマの口に運んだ。魔法で収納している間は時間が維持されていて、腐ることもない。温かいものは温かいままだ。
レクロマとシアは聖剣に関する雑談に花を咲かせていた。
「聖剣は800年程前に神が大国の王に与えたとされる剣たち。今まで何千人って一流の鍛治師が聖剣を複製しようとして魔剣を作ってきたけど、誰にも聖剣を複製することはできなかった」
「へぇ、シアはそんなすごいところ出身なんだ。そりゃ完璧なわけだね」
シアは鍋の中の真っ黒い物体にチラリと視線を動かした。
「神が与えた……なんて言うけど、神なんているわけないけどね」
「何でそう思うの?」
「いるのかもしれないけど、そんな存在を信じるほど私はロマンチストじゃない」
レクロマは神以上にロマンに溢れた存在を前にしている。
「言ってなかったんだけどね、聖剣を持つ者は瞳の色が変わるの。聖剣の瞳の色に。レクロマも、元々は翠色だったのに3年前から碧眼になってしまっている」
「いいよ。むしろ、シアと同じってことでしょ。少しでもシアに近づけたなら……」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
シアはレクロマにすり寄った。
「聖剣って何本あるか知ってる?」
「いや、全然知らない。聖剣があることさえ、シアに出会うまで知らなかったから」
「全部で3本」
「へぇ、シアとソルデフィオともう1本あるんだ。どんな剣なの?」
「翠眼の聖剣リンドヴレイス。記憶を操作できる力を持ってる。記憶を変えたり消したり、現在の記憶を違う時間の記憶に上書きして時間を移動したりね」
レクロマは何かに気づいたように、急に真面目な顔つきになった。
「その剣はどこにあるのか分かってるの?」
「今はファレーン王国にあるらしいけど、詳しくは知らない。復讐の前に取りに行くの?」
レクロマはじっとシアの碧い眼を覗いていたまま口を動かす。
「シアは今でも死にたいと思ってる?」
「え? 何でそんなこと聞くの?」
「前に言ってたよね、死ぬことが生きていた証になるって。死のうと思ってても死ねないって」
「そうだけど……」
「それなら、俺が殺してあげる」
シアの戸惑いを打ち消すように、レクロマは言い放った。
「どうやって? どんなに切られても燃やされても潰されても死ねなかったのに?」
シアの言葉からは過去の苦しみの重みが感じられる。
「肉体を殺すことだけが殺す方法じゃないでしょ」
「意識を殺すってこと?」
「そう。シアは、ここにいる俺との記憶を持っているシアだけ。記憶が無くなれば、シアの体を持っているとしてもそれはシアの体を持った別人だよ」
「何でそんなことしようとしてくれるの?」
「長生きすれば命は希薄になるって言ったでしょ。シアは俺を生かしてくれた。だから、俺がシアの生を証明してあげるよ」
レクロマは少し寂しそうにシアから目を逸らしている。
「復讐は……シアの体を持った誰かと続けられたらいいかな……」
「その誰かと信頼関係を築いていける? 初対面の人と復讐を成し遂げられる?」
「でも、シアにここまでしてもらってるから恩返ししたい。復讐はそれからでもできるかもしれないし……」
「次の私がレクロマに協力しなかったら? 復讐ができなくなってもレクロマはそれで納得できる?」
「復讐は俺が生きてる理由だよ。でも、シアが喜んで死んでいけるなら……。復讐ができなくなったら、リンドヴレイスで村が襲撃される前に戻って、復讐も何もない世界で幸せになろうかな……」
シアのいない世界に、幸せなんてあるはずないけど……
「レクロマだけ辛い記憶を持っている世界じゃ、幸せになることなんてできないよ」
「シアが嬉しいなら……復讐ができなくても……辛くても……いいよ」
シアは椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がって声を張り上げた。
「私の話を聞きなさい!」
「はい……」
「私はレクロマと一緒にいるのが好き。復讐のために私を必要としてくれて、必死に生きてるレクロマが好き。それが復讐のためじゃなくたっていい。でも、それを曲げて私のためにって言ってるあなたは大っ嫌い!」
シアの温かい言葉がレクロマに深く突き刺さる。
「そっか、嫌いか……ごめんなさい……」
シアはゆっくりと落ちていくレクロマの頭を抱きしめた。
「でもね……私のことを思ってくれてるのは伝わってるよ。ありがとう。レクロマがおじいさんになって、生きるのはもう十分だって思ったら私を殺してね。一緒に死のう」
その時まで、ずっと一緒にいてくれるのか……
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