見下しの霧

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見下しの霧

 ゼルビアが竜巻を完全に凍りつかせた頃、パッと見細い糸のようにも見える何かが超高速でぶつけられた。シアのフェアローから出された魔法だ。 「シア、それ何なの?」 「ただの水だよ」  その鋭い切削力を持った水の糸はスッと、竜巻を形取った氷を横切った。すると、氷の内側は一瞬で赤く染まった。しかし、シアの水の魔法がすかさずそれを洗い流す。  氷の中からは鈍い叫び声が聞こえてくる。竜巻の氷の上部が砕け散り、ゼルビアが現れた。ゼルビアの脚は両方切れてしまっている。ゼルビアは必死に深呼吸し、息を整えている。 「どう? レクロマの動けない苦しみが分かる?」 「わ……はぁ……分からない……な……」  ゼルビアは自分の切れた脚と服を繋げて魔法をかけた。すると、脚はまるで何事もなかったかのように動き出し、立ち上がった。 「そんな……脚がくっつくなんて……」 「陛下の側近として、死んだ直後の自分の蘇生くらいできて当然だ。リレイだってその程度、簡単にこなしてみせた。有り余る才能に、あの努力の量。普通に戦ってリレイが君たちごときに負けるはずがなかった。情に負けてしまったか……」  ゼルビアは深くため息をつき、レクロマを見下ろした。 「私も学生時代は国のことなんて考えてなくて、初めは38年前に陛下に拾っていただいたご恩を返すために必死で頑張っていただけだった。でも、陛下に認められてやがて側近になった。そうなったら側近として国全体のことを考えなければならなくなった。自分の考えとは別に側近として考えを持つ必要がある。国全体のために君たちの村を消すっていう考えもね」  ゼルビアは手のひらを下にして腕を水平に持ち上げた。 「では私からも……」  手からは透明の大きな円板が現れ、そこから大きな透明な龍が頭を出した。  水の龍は一瞬にしてシアを飲み込んだ。全長は十数メートルはありそうだ。アルド・ベリオールよりもはるかに大きい。表面は荒々しく白く波打っている。 「シア! 今助ける!」  シアは水の龍の中で縦に横にと回転しながら、レクロマに目を合わせる。そしてシアは口パクでレクロマに話しかけてくる。  シアがこんな時に言うセリフは決まってる。「私は死なないって言ったでしょ」そんなことを言ってるように感じる。 「分かったよ、シア。殺してくるから待ってて」  レクロマがゼルビアに向かって歩き始めると、氷に立ったゼルビアが左手を天に向けてから腕を横に振った。すると、一瞬にして周囲を濃い紫色の霧が覆った。 「これか……」  レクロマはより一層強くリレリックを握りしめ、ゼルビアを睨みつけた。 「こんな毒でみんなを苦しめやがって……」  レクロマがその場で飛びながら目の前に迫ってきた霧をリレリックで払うと、周囲の霧はリレリックに吸い込まれていった。それでも霧は絶え間なく迫り、レクロマの心を追い立ててゆく。 ====================  シアは水の龍に飲み込まれ、出ようともがいていた。 「出ようにも、魔法が効かないと……。早くレクロマの助けに行きたいのに」  電雷の魔法も重力の魔法も効かない。もう、力押しでやるしか……  シアが右腕を伸ばして手を握りしめると、シアの体の周囲には、水の中であるにも関わらず熾燃の炎が現れ、急激に泡が現れ出した。水の龍の腹部は一瞬にして消滅し、頭部と尾部だけになった。  シアは飛び上がって水の龍を見下ろす。 「ふぅ、さすがに少し疲れた……」  それでも水の龍はシアに向かって噛みついてこようとする。シアは軽く手を払って頭部と尾部も熾炎の魔法で消し去った。 ====================  レクロマは霧の向こうで誘ってくる両親とメルの幻をリレリックで振り払うように進み、全てを消し去りゼルビアのいる氷の上に降り立った。 「やっとここまで近づけた」 「君は強くなれる者がどんな者か知っているかい?」  レクロマが耳を傾けないようにしようと思っても、耳に入ってきてしまう。 「……努力した奴だろ」 「何言ってるんだ。それは当然だろ、質問するまでもない。……では聞き方を変えよう。君が剣も魔法も浅く浅く少し広く使うのはなぜだ?」 「なぜって……攻撃手段は多い方がいいだろ……」 「それは一つを極めてからだ。私は魔法を極めた。リレイは物体操作の魔法を極めた。ヴァルト・ヘイムは剣を極めた。だが君はそうしない」  ゼルビアはレクロマを呆れたように見てくる。 「知ってるかい? 何でもできる奴は何者にもなれないんだよ」  レクロマは翼を広げて飛び上がり、リレリックを両手で構えた。 「何者にもなる必要はない! ただお前たちを殺せればそれでいい」  リレリックで首を狙い振り下ろすと、ゼルビアは氷を張った左腕で受け止めた。リレリックは硬い音を響かせ、弾かれていく。  弾かれたレクロマとともに、欠けた氷がゆっくりと流れる。レクロマがゼルビアの方を見ると、手のひらを向けていた。 「先を見ていない、そんな考えの君じゃ私を倒すことはできないよ」  まずいっ……早く避けないと……  レクロマがそう思った瞬間、腹にはレクロマが今まで操っていたものよりもはるかに大きい氷槍が突き刺さっていた。氷槍は逃げようとするレクロマを押さえつけている。  先に地面に着いたのは、レクロマではなく氷槍だった。溶けた氷で薄まった血が大地へ注いでいる。 「がぁっ……。がっ……はっ……」  思うように息ができない。出てくるのは肺に残ったわずかな空気の掠れた声だけだ。
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