無能の剣

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無能の剣

 シアが水の龍を消し去ってレクロマの方を見ると、氷槍が突き刺さって手足は垂れ下がっていた。それでもリレリックは離していない。 「レクロマッ!!」  シアは急いでレクロマのそばに飛んでいく。 「あの水龍を簡単に消し飛ばしてしまう魔力を有しているなんてな。羨ましい限りだ」 「800年の蓄積だよ」  シアがレクロマから巨大な氷槍を引き抜き、レクロマを抱え上げると、レクロマは出ない声を出していた。 「セルナスト王国に欲しい人材ではあるが、君も共に死ぬといい」  ゼルビアは、氷槍をシアに向けて飛ばしてきた。シアはそれを軽々とフェアローで斬り捨てる。 「私を殺すのはあなたじゃないの。知らなかった?」  レクロマはシアを弱々しく抱きしめようと手を伸ばしている。 「大丈夫……今すぐ治すよ」  シアがレクロマの傷口に手を当てると、傷口の細胞自身が意思を持っているかのように、みるみるうちにふさがっていく。 「……シア、ごめんね。殺してくるなんて言ったのに……負けちゃった」 「何言ってるの。勝ってる最中だよ」  シアはレクロマを地面に下ろし、髪をわしゃわしゃと撫でた。 「ほら、行こう。一緒に倒そうね」  シアが右手をゼルビアに向けると、ゼルビアが立っている氷の下に、一瞬にして静寂の水鏡が現れた。氷は静かに水鏡に沈んでいった。  ゼルビアは浮かび上がってシアを見下ろす。 「やはりすごいな、さすがは碧眼の聖剣だ。反乱なんてくだらないことではなく、もっとためになることに力を使えばいいものを」  ゼルビアが天に手をかざすと、天からシアに向けて紫色の稲妻が降りてくる。 「シア、頭下げて!」  シアがしゃがみ込んで頭を下げ、レクロマがリレリックで稲妻に触れると、稲妻は速やかに魔力を吸収していった。 「ありがとう、レクロマ」  シアはレクロマが持っているリレリックを左手に持ち替えた。そして右手を握り、剣となる。 「私が隙を作るから、レクロマがゼルビアを討って」 「分かった」  レクロマはリレリックに加えて、シアを構えた。 「何してるの? ほら、投げて」 「え? いや、でも……シアを囮にするなんてできないよ」 「レクロマ、私は剣だよ」 「うん……」 「でもね……私はレクロマを守る盾にだってなれる」  シアの碧色の宝石を見ながらシアを傾けると、シアは単調ではない複雑な光を見せてくれる。 「分かった。でも無理はしないでね」 「ふふっ……こっちのセリフ」  シアを逆手に持ち変えて、思い切り後ろに引く。すると、それに呼応するかのように宝石はさらに反射させる光を増した。 「じゃ、いくよ」  軽く助走をして力の限りを尽くして前に突き出しながら手を離す。シアはゼルビアに向かって真っ直ぐに空気を切り裂いていく。  シアがゼルビアの目の前に来た瞬間、ゼルビアは瞬時に横へとスライドし、シアを掴んだ。 「剣士が剣を手放すなんてな。剣士は剣がなければ何もできぬと言うに」 「確かにそうだね。レクロマは私がいなければ無能だね」  不意にゼルビアの後ろから声が聞こえた。 「何!」  ゼルビアが急いで後ろを振り返ると、手の中には剣はなく、人の姿をしたシアが浮かび上がっていた。 「でも、あなたはその無能に殺されるの。信念の強さを思い知りなさい」 「ゔあっ……」  シアは思い切りゼルビアのわき腹を踏み飛ばした。すると、ゼルビアは魔法を使う余裕さえ与えられないまま空を裂き、生々しい音を立ててレクロマの目の前に左肩から着地した。 「がぁ……くそ……」  ゼルビアは左肩に手を当てて、粉々に砕けた骨を再生させ始めた。しかし、その前にはレクロマがリレリックを構えている。 「できることならお前もセレニオ村のみんなのように苦しめて殺してやりたかったが……苦しむ猶予を与える余裕は俺にはない」 「あの時、君が死んでいれば国民の誰もが望む世界になっていた。君のせいで、この国は崩壊してしまう。君みたいな生き残りがいないことを、確認しておくべきだったよ」  レクロマは左手をゼルビアにかざして、一瞬にして凍らせた。ゼルビアは、憂いを帯びたような表情のまま、氷となった。もう、全く動き出す気配もない。 「あぁ、そうして欲しかったよ。村のみんなの苦しみを受けろ」  レクロマは、そう呟きながらリレリックを静かに振り下ろした。 ====================  湿った重い空気が鼻をかすめ、冷えた風が耳元で音を立てる。そして雨がしとしとと降り始めた。レクロマはゼルビアの遺体をゼルビアが雷の魔法で作った穴に入れ、土の魔法で蓋をした。  墓の下に眠るセルナスト王国の者の悲しみを体現するかのごとく降り始めた雨は、ゼルビアが眠る大地を静かに撫でていた。  レクロマは膝から地面に座り込み、手をついた。 「はぁ……やっと1人……」 「お疲れ様」  シアはリレリックを鞘に納め、レクロマを背に背負った。 「ありがとう、シアのおかげで何度も命を救われた。剣の役割も盾の役割も超えてたけどね」 「いいでしょ?」  シアはレクロマの家に一瞬で移動していった。
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