そばにいてほしい

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そばにいてほしい

 家に着くと、レクロマは椅子に座らせられた。 「雨に降られちゃったね。拭くよ」  シアはレクロマの服を脱がせて、タオルで体を拭き始めた。 「シア……」 「どうしたの?」 「俺……良い方に進んでるよね。目的の2人のうち1人は倒せたんだから……」 「レクロマが望んでいた方に進んでる。それは間違いないよ」 「それじゃあ何で……何でこんなに苦しいんだろ……敵と話せば話すほど、正しいことをしてるのかってよく分からなくなってくる」 「言ったでしょ、正しさに絶対的な規範はないって」 「よく……分かんないや」  体を拭き終わり、レクロマはベッドへと寝かされた。 「俺が生きた先に何があるのかな。復讐を終わらせたら、俺はどうやって生きたらいいの……」 「この家で永遠に一緒に生きていきたいって言ってたでしょ」 「人を殺してきたのに? 何の罰も受けずに……。ゼルビアとセルナスト王はこの国のために、俺は俺の自己満足のために人を殺してきた。誰も喜ばないことだって心のどこかでは分かってるくせに。シアは俺のやってることが正しいと思う?」 「思わないよ。でも、それがレクロマのすべきことだと思うのなら私は誰よりもそれを尊重する。正しいことにしてあげる」  やっぱり……正しくないことか……  シアはレクロマの頬を優しくなでる。シアがレクロマが寝るまでなでていると、レクロマは重い口を開いた。 「シア、俺を殺してって言ったら──」  シアは手を止め、顔を近づけた。 「殺してあげる」  シアの透き通った冷えた声に、レクロマは息を呑み、深呼吸をして目を閉じた。 「じゃあ……俺を殺して。シアになら、喜んで俺の死を任せられる」  シアはふんっと鼻を鳴らしてベッドに腰掛けた。 「レクロマが本当に死にたいと思ってるならね」  シアはレクロマの目の上に軽く手を置いた。 「今はゆっくりおやすみ。一緒に先に進もう」 ====================  実に奇妙な夢を見ている。  何もかもが静止した世界で、俺だけがただ一人歩き続けている。歪んだ形の木も、頭の上くらいの異常に低い位置にある雲も、全てが静止し続けている。それなのに、どれだけ歩いても俺の歩調にあわせて地面は後退していく。ずっと同じ景色を見続けている。  かと思えば、真っ白い世界に白い線が引かれるのを見る夢に変わった。遠くから見れば細い真っ直ぐな線。しかし、少し近づくと太く荒々しい線に変わる。  訳の分からない世界を回らない頭で考えていると、ベッドの上で目が覚めた。やけに体が熱くて息苦しい。 「……シア……」  シアはレクロマの体を濡れたタオルで拭いている。 「風邪ひいちゃってるね。昨日の雨で体が冷えちゃったし、疲れが出たかな……。レクロマは何も考えずに心を休めてればいい」 「ごめんね……迷惑かけて……」 「どこが? いつもと変わらないでしょ」 「うん……」  レクロマはシアに促されてまぶたを閉じた。  目を閉じると、俺の目の前からシアの存在が消える。世界の全ての闇が俺を押し潰して、そして俺を引き裂こうとしてくる。でも、シアを感じられなくても、1人でも大丈夫…… 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」  目を開けると、シアは手を撫でてくれていた。 「無理しないで、私が隣にいるから」 「大丈夫……1人でも……ずっとそばにいてくれなくても……」  レクロマの息は、高い体温を少しでも下げようと必死に働いている。高い熱の中では、意識を維持するだけで疲れてしまう。 「あなたのそば以外、どこに私の居場所があるっていうの?」 「シア……抱きしめて……」  シアはレクロマを少し起こし、抱きしめて背をさすった。 「早く治しちゃってね」  シアは優しくレクロマを寝かせ直し、頭を撫でた。そして、濡らしたタオルを額に置いた。 「食べたい物はある?」 「シアの料理……」  シアは優しく微笑んで、立ち上がった。 「ふふっ、狂ってるね。いいよ、作ってあげる」  シアは台所に向かっていった。  1人になっちゃうのは、しょうがないか……。そんな俺の感情を見てか、シアは1分もせずに帰ってきた。 「できたよ。お待たせ」 「ありがと……」  レクロマは、少しでもシアをそばに感じようと、必死で見つめている。 「ほら、カットフルーツにはちみつをかけたやつだよ。切るのは得意だよ。剣だもんね。これくらい簡単な料理なら失敗なんてするわけないよ」  シアはフルーツが乗った皿を見せてくれた。大まかに切られたリンゴやらバナナやらの上に、はちみつがこれでもかというほどかかっている。 「はい、あーん」  シアはレクロマの上体を起こし、はちみつがたっぷりかかったバナナをスプーンですくって口に運んだ。レクロマが飲み込もうとすると、急にむせ出した。 「あぁっ、はちみつかけ過ぎだったよね。ごめんね」  シアが急いでコップに水を入れて持ってきた。 「ごめんね、レクロマ」  シアはレクロマの胸を優しく撫でながら水をゆっくりと飲ませた。 「おいしいよ……すごく……どんなものより……」  レクロマはむせたせいで少し疲れてしまっている。シアはレクロマの薄黄色の感情を見て、自分に呆れたように笑う。 「ありがとう、レクロマ。幸せを感じてくれてるの、すごく感じるよ。せっかくまたレクロマがチャンスをくれたのに……こんなときにまでレクロマに気を使わせちゃったね」 「シアが……不得意なのに……俺を思って料理を作ってくれたんだよ……それだけで……最高でしょ……」  レクロマは言いたいことを言いきって、満足そうにほほえんでいる。 「ありがとね」  シアはレクロマの頭を撫でて、引き続きフルーツを口に含ませた。今度はゆっくりと、少しずつ飲み込んでいく。 ====================  レクロマが皿の上のフルーツを全部食べ終わると、シアはレクロマを寝かせて布団をかけた。 「そばにいるから、ゆっくり休んでね」  シアはレクロマの額に濡れたタオルを置き、頭を乗せた。 「手……握って……」  レクロマは火照った顔でシアを見つめている。 「握っても分からないんじゃないの?」 「そうだよ……でも握っててほしい……」  シアは嬉しそうに両手でレクロマの右手を握った。
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