トラとなるリス

1/1
前へ
/76ページ
次へ

トラとなるリス

 ヴァレリアはエデルヴィック宮殿の大広間に、全ての騎士団員や従業員を集めていた。ヴァレリアの緊張が他の者にも伝わり、不穏な雰囲気が流れている。従業員たちは、相当重要な場合でしかお目にかかれない国王陛下の姿を見て、ざわついていた。ヴァレリアの腰にはソルデフィオが取り付けられている。  サトゥールもエリネの監視を一旦止め、大広間に集まっていた。  ヴァレリアは、ざわついた人々を見ながら深いため息をつきながらゆっくり口を開いた。 「セルナスト王国国王、ヴァレリア・ド・セルナストリアです。本日は皆様に非常に重要なご報告がございます。 今、反乱軍が勢力を増しており、私たちセルナスト王国としてはそれを制圧する力が徐々に失われつつある状況にあります。そのため、国の未来を考え非常に難しい決断を下さざるを得なくなりました。心苦しいお知らせではございますが、すべての職員の皆様を一時解雇することを決定いたしました。これは、私と各大臣との協議を重ねた結果決まったことであります。 この決断は、1つでも多くの命を守るためのものです。どうかご理解いただければ幸いです。今後、王国の運営は私一人でできる限りのことを行い、全力を尽くしてまいります。そして、事態が無事に解決した暁には皆様の再雇用をお約束いたします」  騎士団員や従業員は自分たちの今後の生活や王国の行末を案じて落胆し、頭を抱えている。しかし、それを勘付いていた者も多いのか反対の声を上げる者はいない。 「やはりこの国も……だが、陛下1人でとは……」 「騎士団長も、多くの騎士団員も反乱軍に敗れて、ゼルビア様も先日の反乱軍との戦闘から連絡が途絶えたと聞くし……」 「陛下だけで背負おうだなんて……優しすぎるんじゃ……」  そんな声が聞こえる。ヴァレリアが解散を告げると、ヘラディバートをはじめとした騎士団員20人ほどが、ヴァレリアの前に残った。 「陛下、私たちも陛下とともに反乱軍と戦います」 「だめだ。君たちまで死ぬ必要はない」 「我々は陛下とこの国に忠誠を誓いました。陛下が死ぬ覚悟を決めておられるのなら、我々は陛下を死なせない覚悟を決めましょう」  ヴァレリアは少し安心したように顔を綻ばせた。 「分かった。その覚悟があるのなら、私とともにセルナスト王国に骨を(うず)めていただく」 ====================  サトゥールはエリネの特別禁錮室の前に戻って来ていた。サトゥールが中に入ると、エリネは床にうずくまっている。エリネはリネンシャツを着て、鎧は机の上に丁寧に置かれている。  サトゥールはエリネの前に膝立ちになった。 「全員解雇だってさ……。陛下が騎士団と宮殿で働く人の命をレクロマ・セルースどもの襲撃から守るために……。俺もここの監視じゃなくなる。君だってここにいる理由はない。だからここから出て一緒に戦おう、レクロマ・セルースを殺そう。ゼルビア様がレクロマ・セルースを追って最後に向かったのがセレニオ村って村の跡地なんだ。きっとその近くにはいるはずだよ」  サトゥールが手を出しても、エリネは全く見向きもしない。 「私は行きません」 「何で……」 「陛下に縁を切られて、きっとお父様にも見放されてる……。私がレクロマ・セルースを殺したところで、お父様に何を今更って思われるだけ……。お父様にも陛下にも迷惑をかけて……。これ以上陛下に迷惑をかけたくない」  サトゥールは勢いよく立ち上がり、縮こまっているエリネを見下ろした。 「分かった、俺が必ず殺してくる。君はそこでいじけてうずくまっていろ」  サトゥールは特別禁錮室から出て、外から鍵をかけた。 「外に出る気になったら自分で壊してみせろ」  サトゥールはエリネに背を向け、階段を駆け降りていった。 ====================  数時間後、エリネはずっとサトゥールに言われたことを考え続けていた。そしておもむろに顔を上げ、エレスリンネを見つめた。 「レクロマ・セルースを殺すのは私だ。それはテルモさんにだって譲らない」  エリネは急いで鎧を身に付けた。 「この鎧、すごい重いや……」  鞘に入れたままのエレスリンネを握りしめると、地面は波打ち始めた。 「こんな場所があったら、いつまでも閉じこもったままだ」  エリネがエレスリンネを鞘から抜いて水平に振ると、足元から無数の巌が現れ、部屋の全てを飲み込んで破壊した。床も崩れて落ちていき、エリネは魔法で作り出した土の足場に軽く着地した。 「壊すって、こういうことでいいのかな」  もの凄い音を立てたにも関わらず、誰も寄ってこなかった。  本当にいなくなってるんだ…… 「くそっ……」  エリネは鞘に収めたエレスリンネを勢いよく背負い、騎士団の厩舎へ向かった。馬の前には、あり得ないほど山盛りの餌が積まれていた。  一際勇ましくいなないている馬がエリネの目に留まった。 「じゃあ、あなた。手伝って」  エリネは美しい栗毛の馬に馬具を取り付け、厩舎から出した。エリネが馬に乗り、首のあたりをさすると、馬は嬉しそうにゆらゆらと歩き出した。 「それじゃあ、セレニオ村に向かうよ」  エリネが足で馬に指示を出してやると、馬は勢いよく駆けだした。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

85人が本棚に入れています
本棚に追加