5. 別れ

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 2週間後の自分の誕生日のことかなと、密かに期待していた幸樹は、美月の様子に若干の違和感を覚えながら、 「おっ、どんな話?」  と訊く。  美月は、視線を幸樹に向け、 「ごめん。別れてください」  いきなり頭を下げた。 「……」  あまりに予想外の展開に、声も出ない。と、美月が頭を上げ、 「好きな人ができたの」  絞り出すように言った。 「……誰?」  聞きたくないのに、反射的に訊いていた。 「会社の先輩。私の教育担当の人」  美月は短くそう言った。  そう言えば、今年の正月、故郷で会ったとき、少しだけど、その先輩の話をしていた。 「すごく頼りがいのある人」  そんな言い方をしていた。  自分は美月の後輩で年下。頼ることが多かった。特に精神的に。 (だから美月は……)  姿の見えないその男性への、やるせない嫉妬が湧いてくる。  それは、男として負けたような悔しさを含んでいた。 「……そっか。よかったじゃん」  それ以上口を開くと、イヤな言葉しか出てこない気がして、ぐっと堪えた。 「ごめん」  もう一度頭を下げる美月に、 「いいよ。謝るなよ」  幸樹はそう言ってから、アイスコーヒーを飲み、 「俺の方こそ、支えになれなくてごめん」  悔しい気持ちを、そんな言葉に変えて言った。  幸樹を見つめる美月の瞳が、少し潤んで見えた。  幸樹は、今度は一気にアイスコーヒーを飲み干すと、 「じゃ、行こうか」  伝票と鞄を手に、立ち上がる。  その手から、美月が伝票を引き取り、彼女も立ち上がる。その口が、ギュッと結ばれている。零れそうな涙を堪えているかのように見えた。  夜の街に消えていく美月の背中を見送った後、それまで強がっていた気持ちが切れ、涙があふれた。  それから、駅の改札口へと向かいかけた幸樹は、少し迷った後で、その足をある場所へ向けた。
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