6. ふたたび、花園生花店

2/3
前へ
/14ページ
次へ
 幸樹は、ちょっと慌てながら、 「えっ……あ、いや……そう見えますか?」 「いえ。こんな時間に来られたの、初めてだから」  なつみはそう言って、店頭に並んでいる花たちの片づけを再開した。  自然な雰囲気のなつみに、気持ちを受け止めてほしくなり、 「別れてきました」  その背中に言った。  なつみの手の動きが、一瞬止まる。しかし、すぐにまた、普通に作業を続けながら、ゆっくりと顔を上げ、幸樹を見た。  そして、唇を軽く噛みながら、かすかに2,3度頷くと、 「そんな時なのに、来てくれて、ありがとうございます」  やさしく微笑んでくれた。  込み上げる涙がこぼれそうになるのを、必死に堪える。さすがに、この人の前で泣くわけにはいかない。 「花は……」  と、なつみは再び作業を続けながら、 「いろいろな人たちが抱えている、様々な心に寄り添いたいと思ってるんですよ。それが、花の……私の喜びにもなるんです」 「……」 「だから……今夜の千葉さんのような方のお役に立てるのなら、嬉しいです」  なつみはそう言って、仕舞いかけていた小さな鉢植えの中のひとつを持つと、 「これ、よろしかったらどうぞ」  と、幸樹に差し出した。  細長い形をした青色の花がたくさんついている。 「えっ……これを?」  戸惑う幸樹の手に、「さあ」というように持たせると、 「っていう花です。ご存知ですかね。今は夜なので閉じてますが、朝になると開くんですよ」  と説明してくれた。  という花の名前は知っていたが、そう思って見るのは初めてだった。 「きれいですね」 (好きなタイプの花だ……)  そう感じながら、蕾のように閉じている青い花を見つめる。 「あと……」  なつみが続けて、 「暑さと乾燥に弱いので、そこだけ気にかけてあげてください」 「あの、おいくらですか?」 「いえいえ。お代はいいですよ。売れ残ってしまったお花なので」 「そんなわけには」 「その代わり……」  と、なつみは真面目な顔になって、 「大事にしてあげてください。多年草なので、毎年この時期に花を咲かせてくれますよ」 「わかりました。じゃあ、ご厚意に甘えさせていただきます」  りんどうの鉢植えを両手で持ち、頭を下げる。そんな幸樹を見つめていたなつみだったが、急にプッと吹き出して、 「そんなに(かしこ)まらなくてもいいですよ」 「いや、大切にしなきゃって……」 「ありがとうございます。ちなみに……」  と、またちょっと真面目な目に戻ったなつみが訊く。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加