3. すずらん

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3. すずらん

 新入社員は、何かと気疲れする。  アルバイトはしていたとは言え、それまでの学生気分ではいられない。バイトとは全然違う。  入社直後から始まった研修中も、覚える事が多い。  毎日、クタクタに疲れ、帰りの駅までの10分の道が15分にも20分ににも感じられる。  そんなある日の帰り道。  とある生花店の前を通りかかった時、たくさんの釣鐘状の小さな白い花が視界に入り、足を止めた。 『すずらん』  と書かれている。  名前だけは知っていたが、ちゃんと見るのは初めてだ。  大きな葉。その中の細い茎に、たくさんの鈴のような小さな花が連なって下がっている。 (かわいらしい)  心が癒されていく。それが、花園生花店との出会いだった。 (そう言えば……)  ある考えが、幸樹の頭に浮かんだ。  明後日は5月1日。美月の誕生日だ。  その時、 「すずらん、いいですよね」  若い女性の声がした。  花園なつみというその店員は、続けて、 「お花、好きなんですか?」  微笑を向けてきた。  今、幸樹が生きている所とは別の世界にいるような人。それが第一印象だった。 「あ、まぁ、疲れてるからですかね」 「あ……そうなんですね」  なつみは微かに声を出して笑った。  変な返答をしてしまったなと、少し恥ずかしくなりながら、さっきふと思いついたことを訊いてみた。
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