憧心

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憧心

 想いだけは届けなければ。    夕暮れ時に染まる水面には、何かが動いては波紋が広がった。  広がる輪は、岸に辿り着く前には消えていく。  それはまるで私の恋心のようだ。  大学二年の時、カナは(さとし)と出会った。  夏の終わりで、どうして夏休みの初めに出会えなかったのだろうと思ったのを覚えている。  北東北の、車が必須の田舎から東京に出てきたカナにとって、彼は間違いなく都会の洗練された人間であり、それなのに旧友のような親しみを持て、そして画面の向こうのアイドルのように輝いていた。  出会いのきっかけは誰かがセッティングした合コンだったが、合コンで出会ったわけではなかった。  全く興味のない合コンに「人数が足りないから」という理由で引っ張り出されたカナは、胃が痛くなるような陽キャたちの酒宴からやっと解放されると、駅から少し外れた珍しい二十四時間営業のカフェへと足を運んだ。  カフェ・ノーブルブルー。  メニューはやや高いが、店の雰囲気は落ち着いていて、お客も皆各々の時間を静かに楽しむ。そんな店だった。  カナはすぐに帰宅するよりも、彼女にとっては異空間と言える店で耳に残る喧騒と下品な話題を払拭したかった。    カランと鳴るドアベルは夜間はチリンという小さな物に代わり、言葉の代わりに視線と会釈で「いらっしゃいませ」と店員が告げる。  白いシャツに黒いベストとギャルソンエプロン。首元には細く黒いリボンタイ。やや古めかしいこの制服だが、これ以外の衣装はこの店には邪道だと彼女は考えていた。  カナは大学進学までずっと田舎育ち。  物静かで、澄ましていて、友達はいなくはないけどいるとも言い難い。  顔には出さないが、都会への憧れが異様に強く、両親の反対を押し切って東京の大学に進学した。  何故そんなに都会に憧れるのか、彼女にも明確に説明はできない。  多分心のどこかで馬鹿にしていたのだろう。    流通、情報……いくら都市部とタイムラグが少なくなったとは言え、自分の周囲は時代が一つ遅れている気がした。  旧時代のものが錆びついて残る中、車だけは高級なものが走り過ぎる。  田んぼの景色しかない場所で、十五分後の便を逃せば次は二時間近く来ないバス停でスマホを見る女子高生が、東京にオープンしたスイーツの店に嬉々としている。  彼女たちの容姿こそは“今どき”っぽいが、カナは傾きかけたバス停の小屋を見ると現実に顔をしかめた。  いつかこのちぐはぐな世界から抜け出す。  私はこんな世界に収まっている人間ではない。  高校をトップクラスの成績で卒業したカナは、心の根底にそんな選民じみた思いを抱えていた。
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