憧心

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 それから彼は、「今日くらいは、いいかな?」と言って、おずおずと手を繋いだ。  薄い手袋なんて、取ってしまいたかった。  私は今、大都会の真ん中を、素敵な男性と一緒に小綺麗な服装で歩いている。  水族館では見た事ないような光と水のコラボレーションが行われていた。  幻想的な光の中を泳ぐ亜熱帯の魚。  目の前の光景を損なわない澄んだオルゴール調のBGM。  有名レストランとのコラボディナーを青や紫の光の中でいただき、光の花火を見た。  人混みなんてどこにいたのか記憶に残らないほど、光と、聡のことしか見えていなかった。  どこか酸素の足りない頭は、ふわふわとした幻覚の中に自分がいるような気にさせた。  九時過ぎに、そのまま当たり前のようにホテルに向かっても、彼に初めての全てを捧げても、彼から一言も「好きだ」とも「付き合って欲しい」とも言われていないことに気づかなかった。  全てが夢のようで、夢だったと知ったのは、翌日の昼前に帰宅してからだった。  夢心地のまま、すぐ彼にお礼のLAINを入れておこうと思った。  素晴らしい夜だったと、そう伝えたかった。  だが単純な言葉だけでは足りない気がして、カナは画面を開いたまま何と打ち込もうか悩んでしまう。  あんなに素敵な時間をくれたのだ。ただありがとうと言うだけでは足りないし、饒舌になりすぎても変だ。   スポッ  画面を開いたままでいたら、なんと彼から新着のメッセージが届いた。  今この瞬間、自分と同じように画面を開いていたのかと思うと嬉しくなる。  だが内容は彼女の全く予想していないものだった。  昨夜のカナの乱れた姿の写真と共に、添えられた一言。 『処女とヤったよw俺の勝ちなw』  自分でも驚くほど素早くスクリーンショットを撮った。  直後に画面に出る『サトがメッセージの送信を取り消しました』。画像もメッセージも消えたが、彼も一瞬で“既読”が付いたことは分かっているはずだ。  意味が分からない。  何も考えられない。  彼は誰と何の賭けをしていて、私は彼のなんだったのか。  夏から冬までのこの煌めく時間は、一体どんな意味を持っていたのか。  呆然自失の状態で突っ立ったまま、彼とは二度と連絡が取れなくなった。  冷え切ったワンルームのアパートで、彼女は震えながらもう一度スクショを見る。  いつ撮ったのだろう。  確かにこの写真なら処女と分かるかもしれない。自分の顔が写ってないのは、彼の良心からだろうか、そのアングルしか撮れなかったからだろうか。  いつの間にか、ふらふらと昼過ぎの街を歩き、大きな公園に来ていた。
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