変わらないもの

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変わらないもの

 一枚の白紙の紙を読み終えたあたしは立ち上がりカーテンを開けていく。優しすぎる夫の頬には涙が伝っている。 「勇夫さん、大丈夫?」  同窓会の案内の主催者は告白をした内田晴樹さん。あたしたち夫婦にだけはとカミングアウトしたのかもしれない。 「晴樹の気持ちに答えるには、どうあるべきなのでしょう?」  あたしが知る内田晴樹さんは丸刈りで太い眉毛でキリッとした目付きが印象的で、どちらかといえば筋肉質な体型をしていた。 「一番の友達であるべきでしょう」  夫から彼の話を以前から聞かされていた。野球部に所属していてキャッチャーだったこと。  なんでも打ち明けられる親友だとも教えてくれていた。 *  座ったままの夫を残し、あたしは寝室へと向かうと、襖を開けてクリアケースに仕舞われたままの、野球のミットと色褪せた野球ボールを手に取る。  そうして夫の元に戻ると膝元に野球ミットをそっと置き、顔を上げた夫に精一杯の微笑みを浮かべて。 「あの頃みたいにキャッチボールしながら、受け取るべきよ」  積もる話でもしながら、投球する夫の姿と待ち構える内田さんの姿が目に浮かんで、あたしも涙が溢れてきた。 「言えないままでなんて悲しいじゃない?」 「そうですね。行ってくるよ淳子さん」  立ち上がった夫は泣き笑いながら強く頷いた。  待ってて内田さん、今度はあたしがあなたの友達を届ける番だから。  玄関先で夫の背中をそっと押す。 「あまり飲みすぎないように、内田さんには遠慮するなって伝えてください」  50年ぶんの想いを受け取ったあたしは夫がいたから冷静で受け止められた。  ずっとずっと言えずにいたままの内田さんの気持ちを思うとツラくて切ない気持ちになるけれど、今夜きっとその想いが晴れるだろう。 「ありがとう。淳子さんの言葉も届けておきますね」  優しい夫にあたしは首を左右に振って返す。 「あたしの気持ちを伝えたら、遠慮するから内田さんには言わなくていいわ。いつかの時に届けに行くから」  バタンと扉が閉まり、夫の革靴が遠くなっていく。  内田さんの気持ちが晴れたときにでも届けに行こう。お互いが好きだと言っていたはちみつレモンを。 おわり
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