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届けたい、この愛
その朝、神様はほんの気晴らしに地上に降りていました。
日本のとある地方都市の、そのまた郊外。田んぼや畑、それと住宅地がほどよく混ざった地域の安アパートの一室を借りて
(神様だからアパート一室一日借りとかもできるのです!)
さて今日一日何をやろうかな? とファンシーな花柄のカーテンを開けた時でした。
ピンポーン! とチャイムがなりました。
おかしい。神様は休暇で地上に降りて来ただけ。当然、誰かに会う予定も、訪ねてくる誰かもいないはずです。
神様は頭を捻りながらも、それでも一応玄関のドアを開けました。
そこに……。
「あなたは! 神を! 信じますか!!??」
どどんと立っていたのは、だっさいジャージズボンに白T姿の青年でした。
……。
神様は、しばし返答に困りました。神様なのに神を信じるかと聞かれたのです。それはいつも神様は自分を信じて来ました。だから、世界創造とかもできたのですが……。
でも、今の神様はどこにでもいそうなバーコードハゲのおっさんの姿をしています。それに被創造物に自分が神様と名乗るのは神様のポリシーに反していました。
なので。とりあえず。
「君は、誰かな?」
とりあえず、そう聞いてみました。
「あ! すみません。僕、右隣の部屋の松本です」
とりあえず、まともな返事が返ってきて、神様は一安心しました。
「松本くんか、それで???」
話を促すのがいいことなのか、神様は少し迷った後にそう言いました。「そうか」といってドアを閉めても良かったのですが、なんだか被害が拡大しそうな気がしたのです。
被害と言っても神様にもなんの被害かはわかりませんでしたが。
「はい! 僕、昨日の夜に神様の啓示を受けたんです! それで、今地球上にある宗教は全部間違っていることに気づきました! そして、神の啓示の元に正しい教えを広めようとして、まず隣の部屋のあなたに声をかけたのです!!」
神様はもう一度戸惑いました。当然、松本くんに啓示など授けてはいません。というか、今まで神様は被創造物に啓示を授けたことなどありませんでした。
でも、松本くんはキラッキラした目で神様を見つめています。
「それで、昨夜一晩徹夜して神様の啓示を検討し、新しい宗教の教義を考えたんです。聞いてくれますか? 聞いてくれますよね??」
神様は、とりあえず、こう言いました。
「松本くん、まず……二時間ぐらい寝直してからまたおいで」
そしてきょとんとしている松本くんを置いて、玄関ドアを閉めました。しばし間を置いて松本くんの部屋のドアが閉まる音が聞こえ、神様はホッとしました。
「さてと! 最新作のゴ◯ラでも見るとするか! ちょっと地上に来なかった間にストリーミングサービスなんて便利なものができてるとはね。レンタルショップまで繰り出さなくても話題の映画が見られるのはいいなぁ」
そう言いながら、神様はパソコンを立ち上げ、有名なストリーミングサービスに繋ぎ、見たかった映画を鑑賞しました。そして映画に大満足していたところで……。
「お隣さん! お隣さん!! 寝直して来ました!! あなたの神を変える話をしましょう!」
怪獣映画が終わるのとほぼ同時に、玄関のドアがガンガン叩かれました。神様は、ああ〜と思ったのです、松本くんも一回眠れば神の啓示だとかなんだとかは、徹夜中のおかしなテンションの結果だと考え直してくれると思っていたのですが……睡眠の妖精は仕事をしなかったみたいだなと神様は考え、玄関のドアを開けました。
本当は、ドアを開ける必要がないことも、神様にはわかっていました。被創造物がどんな神を作り出そうと、それは全く神様には関係ないものでした。
神様は、松本くんが作り出した神に興味が湧いたのです。ほんの泡みたいな思想でも、それが生まれる瞬間に立ち会うのは面白そうでしたし、被創造物が神にどんなイメージを持っているか、それを直に聞けるのに少し期待していました。
「あなたは! 神を!! 信じますか!!??」
松本くんの話は今度もそこから始まるようでした。
「神をねぇ〜」
神様は基本嘘はつかないようにできています。でも、誤魔化す。という機能はちゃんと備えていたので、適当に言葉を選び誤魔化してみました。
「そうですよね! 当然、神信じていますよね!! でも、その神は本当に神でしょうか?」
「本当の神とは?」
「あなたの神は、今の世界にある宗教が言っている神かと聞いているんです」
勿論、神様は人間の信じている神と、自分とは分けて考えていました。だから、もう一度誤魔化しました。
「うーん。そうだなぁ……」
「そうですよね! そうですよね!!」
松本くんは神様の曖昧な態度を、自分に都合のいいように解釈しているようでした。それは人間にはありがちでしたが、神様は特に訂正はしませんでした。
「ですがそれは違うのです。今の宗教が言っているのは、間違った神の存在なのです!!」
「間違った……神の存在……??」
「そうです! 今の宗教は神に愛されるように振る舞えと言っています。神の愛に相応しい人間になれと! でもそれは違うのです!!」
「ほう? どのように違うのかね?」
神様は、面白くなってそう聞きました。
「今までの宗教は神を自分たちに都合よく解釈しているのです。言わば、本当の神を自分たちの教義という狭い檻に閉じ込めている!!」
神様が興味を持っているのに気をよくした松本くんは、ぶんぶんと拳を振って力説します。
「ですから、僕たちは今までの宗教から神を救わなくてはいけない!!」
「神を……救う??」
「そうです。僕たちは神に愛されるのを待つべき存在ではありません! 人類は神に愛されるのを待つのではなく、僕たちの方から、神を愛さなくてはいけません!!!」
神様は少し微笑みました。神様は全知全能すぎて、地上に降りてくる時は能力を制限しているのですが、その制限された神格で聞く松本くんの『神を愛する』は少し可笑しかったのです。
神様は被創造物に愛など求めたことはありませんでした。神様は、被創造物は被創造物で神様の作った世界で、一生懸命生きてくれればそれでいいと思っていました。
神様にとって被創造物の生は……その生き物にとってどんなに長くても……ほんの一瞬の花火みたいなものだったからです。
「今までの宗教は『神に応える』そのために行動せよと言っていますが! それはあくまでも人間の作った教義に応えろという意味でしかない!! ですが!! 神は、僕たちに愛されるのを待っているのです!!! 本当の宗教とは、神を愛し神に我々のその愛を届けるためにあるのです!!」
「ほう? どうやって??」
神様は全知全能すぎて誰かからの愛を必要とはしていませんでした。一柱で完成された存在だったからです。それでも、今は人間のふりをしています。それで神様のその人間的な部分は、たまには誰かに愛されるのも悪くないかなぁ。などと考えていました。
「まず、今までの宗教と対話し、その教義を論破します! そして、神を狭い教義の檻から解放します! 神を自由にすることが僕の作った『Got・Motto教』の一番の目的になりますから!」
松本が作った『Got・Motto教』はいくらなんでも安直すぎるんじゃないかな? そう思いながらも、神様は一応聞いてみました。
「そうかぁ。それで自由になった神は何をするのかな?」
「は?」
「ほら、君は神を愛してくれるんだろ? だが、愛された神は何をすればいいのかな?」
神様が重ねて聞くと、松本くんは目を白黒させました。
「えーっと……」
「また一眠りしておいで。じゃ」
神様は、そうい言って玄関ドアを閉めました。松本くんにまだまだ安直な教義しか持てない『Got・Motto教』だということに気づいて欲しかったからです。大体たかだか一個人の捻り出した一晩の思いつきが、数千年の歴史を持つ宗教に勝てるはずありません。
「いや、もしかしたらこういうところから新しい宗教ができるのかもな」
ちょっと笑ってそう呟いてから、神様はスマホを取り出しました。お腹が減ってきたなと考え、ピザでも取ろうかと思ったのです。
ピザは熱々のうちに届きました。
神様はサスペンスミステリー映画の人気作を視聴しながら、そのピザを食べ、さて、お昼からは何をしようかなぁ……とか考えながら、ピザの箱をゴミ箱に放り込んだ時でした。
三度、玄関ドアが叩かれました。
「お隣さん! お隣さん!! Got・Motto教の新教義を作りました! Got・Motto教の神はっ!」
松本くんは神様が映画を見ている間に、一人考えていたようでした。でもまぁ……神様は松本くんの突撃を無視しても良かったはずです。
別に先ほどまでの会話で、『Got・Motto教』は何かというのはわかったはずでした。そしてそれが、一個人の妄想に過ぎないのも確かでした。
松本くんがどんなに大真面目でも、神様には届かない。それが被創造物・人間の限界です。
でもその時、神様はドアを開けました。
「『Got・Motto教』の神は! 世界を作るんです!!」
「ほう? 世界を? でも、世界はほら、君の周りにもうあるじゃないか」
「いいえ! 神は今ある世界をより良いものに作り変えていくんです! その原動力は我々人間の愛! そう、神は愛されることによって、世界をより良いものにしてくださるのです!」
それは誰にとってかな? 神様はそう思いました。松本くんの言っている教義は今の宗教の言っている教義とどこが違うのかと。それは愛する↔︎愛されるの方向性が変わっただけで、結論は変わっていないようでしたから。でも。
「神を愛する、神の作ったこの世界を信じる。神はこの世界を無慈悲で無味乾燥なものに創造したわけではないと信じる。そして、そんな世界を作った神を愛する。それ即ち、今この世界をそのままに愛するということです!!」
松本くんは熱っぽく語ります。
「神を、この世界を、そのものとして愛すれば、世界はよりいい方向に変わっていく。間違いも、狂気も、愚劣さもこの世界をそのままに愛してないからこそ起こることです!
神の名を名を借りた殺戮はその最たるものではないでしょうか!! そうではない、神は題目として建てるものではなく、皆が幼子のように愛するものだと! それが『Got・Motto教』の教義です!」
幼子に例えられた神様はちょっと面食らいました。神様は神様としてある日突然出現し、子供時代などなかったからです。
そんな神様を……たとえ、それが本当には神様自身を指しているわけでもない、被創造物の妄想の中でも、子供のように愛すると言われ、神様は少しの間、目をぱちぱちさせました。
「どうでしょう! お隣さん!! あなたも、『Got・Motto教』に入信し、現存の宗教から神を解放し、神を愛する最初の一人になりませんか??」
断る一択しか選択肢は存在していません。そもそも明日になれば、松本くんは神様とした会話を忘れているのです。それが神様が地上に降りるときの仕組みでした。
神様と会話した被創造物は、日付が変われば神様との会話を忘れている。それがどんな会話でも、です。だから、松本くんも明日になれば『Got・Motto教』を忘れているのかもしれません。
それでも……。
「……いや、私は今の世界を十分愛しているよ」
神様は、なぜか『Got・Motto教』入信のお断りをするのに、少しだけ、ほんの少しだけ残念だと思いました。
「なぜですか!! あなたは神を愛さないというのですか!?!? それとも現存する宗教にそこまで毒されてっ!!」
松本くんの目の色が変わります。神様は、相手を落ちつかせるために、困ったような笑顔を浮かべました。
「神は、自分一人の神であって欲しいからね」
そう、神様は自分を信じ愛していました。自己肯定感MAXです。ぶっちゃけ、被創造物の愛など必要としていないのです。それでも。
「やはり、今の宗教に毒されているのですねっ!!」
松本くんが怒りか困惑かにプルプルと震えているのを見て、こっそり苦笑していました。
「そうかもしれないね。でも、君の話は結構楽しかったよ。私じゃない他の人に聞かせたら、興味を持つ人はいるかもしれないね」
その言葉に松本くんの表情は変わりました。
「そうですか!? なら、他の人に布教します!! あなたも、そのうちに神に愛されるより、神を愛するほうが重要だと気づくでしょう!! その時にまた声をかけてください!!
では! 僕は愛すべき神を解放しに行ってきます!!」
そういうと、松本くんは自信たっぷりな足取りで、アパートの階段を降りて行きました。
その後ろ姿は、今日が終わればなんの意味もなくなってしまうのに神様は気づいていました。
松本くんの人生も神様にとっては花火です。少しの間会話したことも、神様の中では人間が部屋の隅の埃を一瞬見たのと同じです。たとえ、それが神様についての会話だったとしても。
神様は、それでも被創造物を愛していました。その一つ一つが砂粒のように小さな存在でも、花火のように一瞬で消えてしまうモノであっても。
神様の愛は大きすぎてそれぞれの被創造物には届かないかも知れない。でも、微かでも届いて欲しいから、神様は松本くんの……いいえ、全ての宗教が語る神様を否定しようとしなかったのでした。
たとえ、誰かの妄想に過ぎなくても、誰かの語る神が誰かに愛を伝えたのなら、それはそれでいいのではなかと。
誰かを愛するということは、愛するだけの余裕があるという証明だ。
神様はこっそりと呟きました。
真実、本当に誰か他を愛すだけの余裕があれば、その存在は、自分自身も愛せるだろう。
だから、神様は布教へと乗り出していく松本くんの背を生暖かく見守りました。
まあ、その後何故か松本くんの語る神が人気になり、『Got・Motto教』が世界の半分の信者を獲得することになるとは思っても見ませんでしたけどね。
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