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03.最高の一杯
五年ぶりにコーヒーアカデミーに集まったのは十人ほど。みんな広瀬妙子の下で翔太と同じ時期にコーヒーを学んだ仲間や先輩後輩たちで、今日は緊張の面持ちを浮かべている。
「今日はいよいよ研修最終日。恒例のコーヒーテストの日ね。そんなに緊張しないで、いつもお店で淹れているとおりにコーヒーを作ってもらえればいいんだから」
実習室にあるホワイトボードの前に立つ広瀬先生がみんなを見まわした。そうは言っても、コーヒーテストを受ける翔太たちはそれぞれの調理台の前で固まった表情だ。
実習室には家庭科の教室のように調理台が並ぶ。一人につきひとつ割り当てられ、コーヒー豆と器具が律儀に置かれた調理台。
張り詰めた空気の中で、レインキャッチャーの命運がかかったような、そんな気分さえも翔太の胸に迫る。今までレインキャッチャーでやってきたことがすべてこの場で試される。だから、最高の一杯を淹れなきゃいけない。いつもそんな意識でテストに臨むから。
「そうそう。今日は特別にひとりゲストを呼んでます」
広瀬先生がそう言って、廊下に面したドアの向こうにいる誰かを手招きする。
「みんなこんにちは。すっかりご無沙汰してました」
実習室に入ってそう挨拶したのは田島京介。右腕の肩から先が失われたままの姿の。そんな彼は緊張の面持ちのみんなへ視線を向ける。それから大きな笑顔を浮かべ、翔太に語りかけた。
「翔太、ひさしぶり」
思いがけない京介との再会。
「まさか君がここに来るなんて」
驚きと戸惑い、そして喜びの入り混じる顔の翔太に広瀬妙子が語りかける。
「あなたたちはたしか、同じ時期に学んでたのよね」
「はい」
「じゃあ、大橋くんは最高の一杯を田島くんに淹れてあげなきゃ」
広瀬先生が翔太に向かってそう微笑んだ。とんでもないことになった。最高の一杯を先生だけじゃなく京介にも届けなければいけないのか。
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