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08.慰めの言葉
京介はその土曜日の朝も、隣町で開かれるサッカーの試合に出店するために、その小さな軽ワゴン車にコーヒーの機材を詰め込み、店を出発した。
事故が起きたのは会場までの道のりの半分を過ぎたあたり。京介の運転する車が緩やかなカーブにさしかかったとき、対向車線をはみ出してきた車が猛スピードで突っ込んできた。一瞬の出来事だ。
対向車は京介の車に衝突したあと、さらに進んで道路脇の崖を転がり落ちていった。三メートルほどの高さだったけれど、車は何度も回転し、運転手は即死した。
決定的な事故原因はわからなかった。警察は居眠り運転の可能性が高いと結論づけた。その対向車は四トンの中型貨物トラック。前日の早朝から深夜まで運転手は働いていたし、その前日も前々日も働き詰めだったらしい。可能性は過労と睡眠不足。
とにかく、病院で目覚めた京介は自分の右腕が失われていることにすぐに気づいた。医師が言うには、運び込まれてきたときにはすでに右腕の二の腕が千切れかかっていた上、切断した部分から先の腕はほとんどすり潰された状態で修復自体が無理だったという。
それに、京介の車の位置があと少し後ろだったら——それはほんのコンマ数秒のタイミングだという——、対向車がまともに運転席に食い込み、彼自身の生命自体を奪っていただろう。
病室へやってきた警察官がそう説明した。せめてもの慰めの言葉のように。
けれど、そんな言葉は京介にとってなんの慰めにもならなかった。利き手の右腕が失われたということは、以前のようにコーヒーを淹れられなくなったということだったから。それは生命を失ったにも等しい事実だった。
お見舞いに駆けつけた病室で、翔太は一部始終を聞いた。それからずっと、翔太は京介と会っていなかった。それこそ十年近く。
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