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きっかけはイギリス留学だった。
ちさとと沙菜は仲がいいゆえにずっと行動を共にしており、同じ家庭にホームステイし同じ大学に通う計画をたて、それを実行した。外国が肌に合うかどうかなんてあまり考えもしなかった。二人なら共同生活は当然うまくいくだろうし、楽しい事をいっぱい経験して一皮むけて帰ってこようね、という認識だった。
カーテンから差し込む朝日、ベッドから起き上がる時の倦怠感が沙菜を襲う。
歯磨きペーストが苦すぎてミント感が強すぎてすぐ吐き出す。ネックレスをつける、自分でいれたコーヒーをたしなむ。
ぼんやりしているうちにお腹がぐうと鳴ってもよおした。いつも大体このタイミングだ。しかしトイレは快適ではない。トイレの水圧が弱く、三回流さないと流せない。ペーパーがロールを転がしているうちに千切れてしまう。そもそもペーパーの芯まで紙が無くなって替えていないからホルダーに芯しかなく、ペーパーは床にじか置きしてあってそれをかがんで取って必要分だけとる。
仕方がないと思いながら次の人のためにペーパーをホルダーにセットしてあげるが、きっと明日の夜には使い切られていて、また芯だけになっているんだろうなと予測する。共同生活というのはなかなかに難しい。
洗い物をして洗剤を水で流さないで泡だらけのまま食器たてに立てかけるホストマザー。口に入るじゃんと思って沙菜は自分でマグカップを洗う。ちさとは気にしない。最初はいちいち忠告していたけれど、もう諦めた。相手にやり方を変えてもらうよりも我慢したほうが早いから。
ほんの些細な事、例えばマザーがむいてくれたリンゴを食べるか食べないかで違いが顕著になる。常温保存でダイニングの机の上にあったインテリア用のリンゴを朝ごはんにとむいてくれた。皮も種もそのままだ。むいたというより切ったというだけ。まるかじりするのはちさと。器用に口の中で種を取り除いてお皿に吐き出している。沙菜はナイフを持ってきて皮と種を自分でとり、神経質に一口大にカットしなおす。皮には栄養があるのよ、とホストマザー。でもこの国のやけにピカピカ光るリンゴは絶対にとんでもない量の農薬が使われているだろうから、沙菜はまるかじりできない。潔癖というほどでもないはずだけど。健康に悪そうな食生活は嫌だと思う。ものすごく甘いドーナツも朝食だった。かじって、甘さにうっと吐き気がする。がんばってかけらをコーヒーで流し込み美味しかったとマザーに笑顔をむける。ちさとはパクパクとなんの疑いもなくたいらげて、沙菜ちゃん、残したら良くないよと言ってくる。舌が馬鹿になりそうに甘い。激甘ドーナツ。
沙菜は心のどこかでちさとが自分を好きなんだと自負し、なめて侮っていた。それは二人だけの世界での力関係だったけれど一歩外国にでてみるとちさとの才能は花開き沙菜はおいて行かれる事となった。焦りを感じた。留学で沙菜はずっと焦っていた。英語の上達が早いちさと。授業でも意見を言えていて沙菜は自分が井の中の蛙大海を知らずだったと思いしらされる。日本では、通用したのに。
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