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八時十分、沙菜はスマホのアラーム音で目を覚ました。わずかな倦怠感に襲われ五分だけと思って目をつぶると気を失ったままで十分経過していた。まずい寝坊だと飛び起きる。あと三十分で家をでなければならない。意識を覚醒させて小型の冷蔵庫の中にあった牛乳をラッパのみで飲む。シンクには昨日使ったプラスチックのコップとお箸、皿一枚、ボウルが洗わずに放置されており、信じられないことにそれらが沙菜の所有している食器のすべてだった。
教団からの書籍はこの部屋に似つかわしくなく沢山あり、ダンボール五個で整理整頓されていた。もらえるものが食べ物だったらいいのに、と沙菜が思うことも無くはない。しかし大切な教義を知らせる分厚い本は沙菜の命の水なのだ。食べ物よりも大切な無くてはならない心の栄養素だった。
時間になると沙菜はきちんとした服装で仕事ではなく伝道活動へと出かけた。信者を獲得するための奉仕活動は信者の義務である。それに。と沙菜は思う。今日は尾上さんとペアの伝道だ。昼ご飯は経済的に豊かな尾上さんが奢ってくれるだろう。本当に。神様の配慮で私は餓死しないように養われている。感謝すべき事だ。出発の時間になった。がらんどうの部屋に向かって「行ってきます」と声にだす。声が反響して一人きりの寂しさが増すこの瞬間は沙菜にとっては日常だった。じりじりと太陽が照りつける中を歩く。この感じ覚えていた。隣を半分だけ後ろに、歩く友達がいた夏を。夏が巡って来るたびに沙菜はちさとを思い出してしまう。
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