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伝道終わり、沙菜と尾上さんは腹が減ったのでレストランに食事に入った。乳幼児OKで、飲料水はセルフサービスの安価なファミリーレストラン。がやがやしている。
「あの」
振り向くとどことなく幼そうな目鼻立ちの整った女性が沙菜のほうを見つめている。警戒心が沸き起こる。そして郷愁も。
「ね、まって。あなたどこかでみた」
「それ、最悪のセリフだよ」
「違う、でもどこかで」
「私はこんな偶然の出会いには辟易してるし、お茶しようなんて誘いには乗らないし、その後の自慢話しもフェイスブックの友達申請もお断り」
「私、ちさとだよ。ね、大学の時の沙菜ちゃんじゃない?ほらそうだよね」
「思い出したくもない過去を深堀りしないでくれるかな、お互い無視して通り過ぎるのが社会通念だと思わない?」
「やだな、懐かしいし」
満面の笑みになる彼女に沙菜は渋い顔をした。
「今、どうしてるの」
「うるさ」
尾上さんは、はやく行きましょうと沙菜を促した。沙菜は昔の面影を残したまま幸せそうなちさとをみた。
「その方、どなた?」
「宗教で一緒のひと」
「沙菜ちゃん、宗教?」
ちさとは顔色を変えた。
「なんか、辛そうだよ、大丈夫?痩せたんじゃない?」
「ねえ、言いたくないけど本当のこと言っていい?」
ちさとは声をひそめた。
「髪の毛、頭頂部がかなり薄くなってるよ、清潔な沙菜らしくない。口臭もする。清潔な沙菜にはあり得ないキツさの。それって胃が悪いんだよ、栄養たりてる?毎日何食べてる?」
「失礼すぎない?」
「顔色よくないよ、オーラが怖い」
「うちに来てよ、渡したいモノあるし、美味しいご飯つくるから」
いつになく強引なちさとに、沙菜は自分の事情をぶちまけたい気持ちになった。なぜなのかはわからない。沙菜は今の宗教生活に満足しているはずだった。神の子として、奉仕活動に励み、祝福をめいいっぱい得ているはずだった。でも明るく輝くちさとをみて、同じ大学までを過ごしてきた旧友との差を前にして、ほんの少しだけ疑念がよぎる。
……あたし、今幸せじゃないのかな、あれ?なんか違和感。
それで、つい口をついて近況をもらしてしまった。
「引っ越しするの?え、なんで?」
「施設にはいってそこで神権組織のために働くの」
「住所、教えて」
「やだ」
「届けたいものがあるの」
「遠いよ、K県だよ」
「宗教施設?そこに幸せはあるの?」
ちさとは終始上から目線だった。沙菜がリーダーシップを握っていたころの彼女じゃない。沙菜を妙な宗教から助け出そうというお節介な態度が表にでていた。沙菜はその嫌悪感に似た老婆心のニオイを鋭く察知して不快感を感じた。なのに引っ越しの日の繊細を次から次へと口にしていた。なぜなのか、わからなかった。
ちさとは何度も言った。
「沙菜に、どうしても届けたいものがあるの」
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