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二、三時間はトラックに揺られていたであろうか。
アルバムに大粒の涙を落としたあと、後ろを振り返るとヴィッツはまだついてきていた。ふと横の信者男性をみた。何も楽しい事が無いのに口角はあがっていて目尻が下がっていて何時間もそれをキープしている。顔を穏やかだと好んでいたのはさっきまでで、今みると般若の能面にみえた。静寂の車内で沙菜は急に恐ろしくなった。誘拐されている。沙菜は自分の人生を捧げようとしている。神のため。処刑台に自ら向かってる。仲間の信者は能面男。
ちさとは、沙菜をつれもどすために、ついてきた。昔みたいに後ろをついてきた。その時洗脳がとけた。これは洗脳だ。あたしはホントは施設にいきたくない。
ちょっとトイレに行きたい。信者男性にそう言うと高速のサービスエリアにトラックを止めてくれた。沙菜は荷物を全部捨て、財布とアルバムだけ持ち、無言でちさとの車に走った。信者は追いかけて来なかった。
ホッとしたようなちさとの顔。何も言わずに彼女は車を発車した。信者男性は追いかけて来なかった。神はあたしなんていなくていいんだな、利用されていたんだなと沙菜ははっきり感じた。
沙菜の心は壊れ、涙が止まらない。ちさとも話さない。ヴィッツにかかっていた軽快すぎるjpopをちさとは消した。この空間にいることが沙菜に昔を思い出させた。これからどうしようか。まだ考えられる状態ではない。まずは精神の治療だろう。沙菜にとっては苦い道がずっと伸びている。生きる事、苦悩すること、正しい道なんてない。こちらを選ぶならあちらからは
捨てられ、逆もしかり。でも勇気を持って選んだならそこで前を向かなくてはならない。ちさとも、涙の筋をほおに残したまま前を向いている。ちょっとだけ、睨んでいる。
「かえろ、沙菜ちゃん」
「うん」
「ちさと、あたし焦りすぎたみたい」
「そうだね、おかえり沙菜ちゃん」
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