2.ノース王国女王誕生

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王が剣を振り上げた瞬間だった。 アースドラゴンの胸に正体不明の感情が沸き上がる。 今までに感じたことがない、無味で無機質な胸の奥に、真っ赤な熱いものが。 そうそれは、44億年過ごしたあの、融解した岩床のような。 「やめてください」 「……何か言ったか下民」 「やめなさい」 「……ふぐっ!き、貴様なに、を」 ぶわりと広がる、アースドラゴンの魔力。 それは生命を育み、天候を変化させ、自然を自然たらしめる、世界の根源。 濃い魔力は、人間が瘴気と呼ぶ通り、毒となる。 その魔力が、ノース王国全土へと一挙に広がったのだ。 「……うーん、これでいいかなあ?」 アースドラゴンは片膝をつき、ロホスに触れて治癒を施した。 それは世界最強の治癒魔法。 瀕死のロホスが、一瞬で回復した。 けれど濃い魔力のせいで、苦しそうにもがいている。 「アース、ドラゴン、様。ど、どうか気を、鎮めて、ください。何卒……」 「ああ、ごめんよ。魔力は毒になるんだね」 ロホスの言葉を聞き入れ、魔力を引っ込めたアースドラゴン。 「感謝します。不肖の身をお助けいただき、感謝致します」 「うん。ところで、彼はなんなの?僕に認められたとか言って、とっても偉そうだけど」 「はっ。コイツは――」 ロホスが新王について語ろうとした時、当の本人はブチギレていた。 下民にこんな力があっていいはずはない。 下民が我に膝をつかせた。 許せん、殺してやる。 新王は立ち上がり、据わった目で剣を振り上げた。 すると、とある騎士が言った。 「捕らえろ!」 その言葉と同時に、近衛騎士たちが一斉に王へ飛びかかったのだ。 「このボケ王が!」 「アースドラゴン様に不敬だぞ!」 「国を滅ぼす気か!」 数名の騎士に取り押さえられた王は、暴れに暴れた。 しかしながら、鍛えられた騎士と遊興に耽る王とでは比べるべくもない。 「ぜえ、ぜえ。離せー」 肩で息をしながら、不様にも捕獲された。 「失礼致しました。先程の続きですが、コイツはノース王国の国王でございます。かつて貴方様が祝福されたというノース王国初代国王の直系子孫ですが、その血をもって認められたと言っているのです」 「……王かあ。だから偉そうなんだね。でもさ、僕は誰も祝福したことないよ。そもそもここに来たのは今日が初めてだし」 「えっ!?」 ロホス、並びに騎士、そして同室する大臣やら貴族たちは目を剥いて驚いていた。 ゆっくりと集まる、新王への視線。 ところが王は、嘘つけ!偽ドラゴンめ!下民のくせに!と、アースドラゴンを疑う始末。 「……確か二千年前。この地で舞を披露したと、建国神話になっているのですが」 「二千年?ああ、初めて東に行った時かな?」 「そうです!東方で途轍もない未曾有の災害が起きた年です」 「それじゃあ、たまたまここを通っただけだよ。たぶん、久しぶりに飛んではしゃいでたのかな?踊ったつもりはないけどなあ」 「……マジですか?」 「うん」 「……おぅ」 建国神話は崩壊した。 ロホスは言葉を失う。 けれど同時に、歓喜した。 「であれば、このボケは王ではないですね!そうですよねアースドラゴン様!」 「んまあ、王って感じではないかなー。同族を嗤いながら殺そうとするし、身分を笠に着て同族を見下すし、ただの愚か者じゃないの?」 「そうですよね!ざまあみさらせ!愚か者があ!」 アースドラゴンの祝福は、王の身分の源泉であった。それが否定されたことで、新王はもはやただの人。 散々バカにしてきた下民と変わらない。 いや寧ろ、アースドラゴン直々に愚か者と言われたのだから、下民以下の存在に成り果てた。 言質を取ったロホスは、勝ち誇った表情で元王を罵倒した。 「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」 うるさいしか言えなくなった元王。 その周りを飛び跳ねながら、中指を立てるロホス。 その光景を見ていたアースドラゴンは、少しだけ収まったけれど、未だふつふつと沸いている胸の熱に嫌悪感を表した。 「ねえ君。うるさいと言っている君」 「うるさい!」 「どうしてそんな簡単に同族の命を奪えるの?あんなに酷い行いを、嗤いながらできる理由を教えてよ」 「うるさい!」 「そっか。じゃあ他の人に聞くね。君はもう、何も聞かなくていいよ」 「うるさい!」 アースドラゴンは手をかざした。 最強たるドラゴンの一挙手一投足は、自然をも作り替える。 意図を持ってすれば、世界の根底すらひっくり返す。 そのドラゴンが手をかざしたのだ。 「これで静かになったでしょう」 元王は、黙り込んだ。 騎士に押さえつけられ、両膝をついたまま。 怒りに歪んだ、醜い表情で。 「……うわぁっ」 騎士は怯えきった声色で元王の拘束を解いた。 すると、元王はバタリと倒れ込む。 これで静かになったでしょう。 アースドラゴンが言った言葉の意味。 元王の癇癪が止まったから、静かになったろう?そんな意味ではないと、この場にいる誰もが悟った。 うるさい! 周りの言葉に耳を貸さず、ドラゴンの問いにすら答えないられないほど、うるさいというのならば……同族の悔恨すら聞けないのならば。 消してやろう。
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