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王が剣を振り上げた瞬間だった。
アースドラゴンの胸に正体不明の感情が沸き上がる。
今までに感じたことがない、無味で無機質な胸の奥に、真っ赤な熱いものが。
そうそれは、44億年過ごしたあの、融解した岩床のような。
「やめてください」
「……何か言ったか下民」
「やめなさい」
「……ふぐっ!き、貴様なに、を」
ぶわりと広がる、アースドラゴンの魔力。
それは生命を育み、天候を変化させ、自然を自然たらしめる、世界の根源。
濃い魔力は、人間が瘴気と呼ぶ通り、毒となる。
その魔力が、ノース王国全土へと一挙に広がったのだ。
「……うーん、これでいいかなあ?」
アースドラゴンは片膝をつき、ロホスに触れて治癒を施した。
それは世界最強の治癒魔法。
瀕死のロホスが、一瞬で回復した。
けれど濃い魔力のせいで、苦しそうにもがいている。
「アース、ドラゴン、様。ど、どうか気を、鎮めて、ください。何卒……」
「ああ、ごめんよ。魔力は毒になるんだね」
ロホスの言葉を聞き入れ、魔力を引っ込めたアースドラゴン。
「感謝します。不肖の身をお助けいただき、感謝致します」
「うん。ところで、彼はなんなの?僕に認められたとか言って、とっても偉そうだけど」
「はっ。コイツは――」
ロホスが新王について語ろうとした時、当の本人はブチギレていた。
下民にこんな力があっていいはずはない。
下民が我に膝をつかせた。
許せん、殺してやる。
新王は立ち上がり、据わった目で剣を振り上げた。
すると、とある騎士が言った。
「捕らえろ!」
その言葉と同時に、近衛騎士たちが一斉に王へ飛びかかったのだ。
「このボケ王が!」
「アースドラゴン様に不敬だぞ!」
「国を滅ぼす気か!」
数名の騎士に取り押さえられた王は、暴れに暴れた。
しかしながら、鍛えられた騎士と遊興に耽る王とでは比べるべくもない。
「ぜえ、ぜえ。離せー」
肩で息をしながら、不様にも捕獲された。
「失礼致しました。先程の続きですが、コイツはノース王国の国王でございます。かつて貴方様が祝福されたというノース王国初代国王の直系子孫ですが、その血をもって認められたと言っているのです」
「……王かあ。だから偉そうなんだね。でもさ、僕は誰も祝福したことないよ。そもそもここに来たのは今日が初めてだし」
「えっ!?」
ロホス、並びに騎士、そして同室する大臣やら貴族たちは目を剥いて驚いていた。
ゆっくりと集まる、新王への視線。
ところが王は、嘘つけ!偽ドラゴンめ!下民のくせに!と、アースドラゴンを疑う始末。
「……確か二千年前。この地で舞を披露したと、建国神話になっているのですが」
「二千年?ああ、初めて東に行った時かな?」
「そうです!東方で途轍もない未曾有の災害が起きた年です」
「それじゃあ、たまたまここを通っただけだよ。たぶん、久しぶりに飛んではしゃいでたのかな?踊ったつもりはないけどなあ」
「……マジですか?」
「うん」
「……おぅ」
建国神話は崩壊した。
ロホスは言葉を失う。
けれど同時に、歓喜した。
「であれば、このボケは王ではないですね!そうですよねアースドラゴン様!」
「んまあ、王って感じではないかなー。同族を嗤いながら殺そうとするし、身分を笠に着て同族を見下すし、ただの愚か者じゃないの?」
「そうですよね!ざまあみさらせ!愚か者があ!」
アースドラゴンの祝福は、王の身分の源泉であった。それが否定されたことで、新王はもはやただの人。
散々バカにしてきた下民と変わらない。
いや寧ろ、アースドラゴン直々に愚か者と言われたのだから、下民以下の存在に成り果てた。
言質を取ったロホスは、勝ち誇った表情で元王を罵倒した。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
うるさいしか言えなくなった元王。
その周りを飛び跳ねながら、中指を立てるロホス。
その光景を見ていたアースドラゴンは、少しだけ収まったけれど、未だふつふつと沸いている胸の熱に嫌悪感を表した。
「ねえ君。うるさいと言っている君」
「うるさい!」
「どうしてそんな簡単に同族の命を奪えるの?あんなに酷い行いを、嗤いながらできる理由を教えてよ」
「うるさい!」
「そっか。じゃあ他の人に聞くね。君はもう、何も聞かなくていいよ」
「うるさい!」
アースドラゴンは手をかざした。
最強たるドラゴンの一挙手一投足は、自然をも作り替える。
意図を持ってすれば、世界の根底すらひっくり返す。
そのドラゴンが手をかざしたのだ。
「これで静かになったでしょう」
元王は、黙り込んだ。
騎士に押さえつけられ、両膝をついたまま。
怒りに歪んだ、醜い表情で。
「……うわぁっ」
騎士は怯えきった声色で元王の拘束を解いた。
すると、元王はバタリと倒れ込む。
これで静かになったでしょう。
アースドラゴンが言った言葉の意味。
元王の癇癪が止まったから、静かになったろう?そんな意味ではないと、この場にいる誰もが悟った。
うるさい!
周りの言葉に耳を貸さず、ドラゴンの問いにすら答えないられないほど、うるさいというのならば……同族の悔恨すら聞けないのならば。
消してやろう。
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