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「こんにちは!乗合馬車に乗りたいので、ここで待ってていいですか!?」
まずは礼儀正しく、打ち解けたら徐々に砕けた口調にすると、親密度が上がりますよと、例の友だち会議で習った。
だから戸の前で直立し、敬語を正しく使用して相手の反応を待つ。
どこに友だちチャンスが転がっているか分からないからなあ。とアスドーラはワクワクである。
すると戸の向こうで反応があった。
「乗合馬車ってなんだ?」
「いや知らん。ガキっぽいぞ」
「お前出ろよ」
「ちっ」
ドタドタと床板を踏みしめる音がして、ドタンッ!と乱暴に戸が開け放たれた。
「あんだ?」
睨みがキツイ、いかにもな御仁の登場である。
アスドーラの持った第一印象はとても悪く、友だちにしたくはないと思ったようだが、別に喧嘩腰になる必要もない。
礼儀正しく、言葉を交わす。
「乗合馬車を――」
「ここじゃねえよ」
「え?じゃあどこでしょうか?」
「知るかよ」
「うーん、道に迷って困ってるんです。助けてくれませんか?」
「……お前一人か?」
「はい!一人で旅に出まして、ラハール初等学校を目指してます!」
「……本当に一人か?親が探し回ってるんじゃないのか?」
「いえいえ、僕に親はいません。僕一人ですよ」
「……そうか」
いかめしい男はニヤリと笑った。
「じゃあ入れ。乗合馬車が来るとこまで連れてってやるからよ」
「おお!ありがたいです!」
世界最強を隠すアスドーラは、不用心にも、不審者の住処へと足を踏み入れたのであった。
「んじゃあ、ここで大人しく待ってな」
「はいッ!よろしくお願いします!」
「……変わったガキだ」
いかめしい顔の男は、鉄格子を施錠して階段を登っていった。
「ふう。皆さんも乗合馬車をお待ちになってるんです?」
アスドーラは、鉄格子に集う人々へ声をかけた。彼にしてみれば、ここで蹲っている皆さんは乗合馬車を待つ方々。
友だちを作るには、まず交流。
共通の話題から探っていく戦法だ。
「……」
「何も知らないんだな」
「はあ。世も末だ」
一方、声を掛けられた者たちは悲しげにアスドーラを見つめる。
これから売られるとも知らずに、騙されて連れてこられたのだろう。
不憫に思っている様子だが、彼らもまた被害者。優しさで包み込む余裕すら無いようで、会話する素振りを見せない。
「いや~、ラハール初等学校に向かう途中で道に迷ったと思ったんですけど、運良く待合小屋に着けて良かったです。ラハールってどんな国なんでしょうねえ。出身の方はいらっしゃいます?」
会話のヒントとして、自分の失敗談や自分の目的を明かし、それらに関連する話題を振ると良い、と教えられた。
教えを見事に体現してみせたアスドーラは、心の中でガッツポーズして反応を待つ。
しかしここは、牢屋である。
皆、売られることに怯え、売られた先でどんな仕打ちを受けるのかに恐怖していた。
明るく、何も知らない少年が、何気ない会話の取っ掛かりを探しているのだろうと分かってはいても、答えられる精神状況ではない。
それに、受け流せる余裕もなかったようで、とある男が声を荒げた。
「頼むから黙ってくれ!俺たちは人拐いに捕まって、これから売られるんだ!お前に構ってる余裕はねえんだよ!」
まさかの反応。
まさかの事実。
アスドーラは面食らう。
礼儀正しく話しかけたら怒られるという展開は、ノース王国の先王で体験したが、今回は様相が違っている。
「僕、拐われたんですか?」
「……ああ。そうなんだよ、ここに居る皆、拐われたんだ」
「……そんな」
アスドーラは遂に座り込み、がっくりと肩を落とした。
怒鳴ってしまった男は、その様子を見てバツが悪そうに口を開く。
「……怒鳴ってすまない。でも、今は静かにしててほしいんだ。悪いな」
「はい」
アスドーラは相変わらず、鉄格子に向かって項垂れていた。
やっぱり僕は迷子だったのか。
ここが乗合馬車の待合小屋じゃないのなら、どうやってラハール初等学校に向かえばいいのだろう。
明日、試験なのに……。
と、人拐いの被害よりも明日の試験が気になって、とても落ち込んでいた。
トントン。
そんなアスドーラの肩を誰かが叩く。
「はい?」
「大丈夫?」
この世界で初めて、声を掛けられたアスドーラは、一瞬だけ固まった。
なんせ初めてのこと。
なんて言おう、なんと言えば嫌われないだろう。
ぐるぐる考えて、結局何も思い浮かばなかったので、素直に答える。
「いえ、大丈夫ではありません。正直、明日が不安です」
「そうだよね……私はネネっていうの。あなたは?」
「僕はアスドーラです」
「拐われた者同士仲良くしましょ、アスドーラ」
フサフサした耳と、優雅に揺れる尻尾。
女の子は手を差し出した。
アスドーラはすかさず手を掴み、好機を逃すまいと息巻いた。
「はいッ!今後ともよろしくお願いします!」
「フフフ。変なの」
ノース王国を出て数時間。
人拐いに遭うという不幸もあったが、同い年ぐらいの猫人に出会えたアスドーラ。
明日の試験を不安に思いながらも、友だちができそうな予感に胸が躍るのであった。
――――作者より――――
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