1.45億年目の奮起

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1.45億年目の奮起

最強とは、最も強いという意味である。 至強とは、この上なく強いという意味である。 強いとは、力や技に優れていて他に負けないという意味である。 世界最強は? 愚問である。 強い種族は? これまた愚問である。 この世界のにおいて、唯一不変の理を提示するならば、それは一つだけ。 ドラゴンこそ最強である。 「出立日和だあー」 北域の最強、アースドラゴンは空を見上げて呟いた。 銀の体躯に、雷が落ちようとも動じない。それどころか真っ赤に融解した岩床の上で、のんびりと体を休めている胆力たるや、まさに最強である。 「出立日和だあー」 黒雲立ち込める空。 方方で稲光が閃き、大粒の雨が真っ赤な地面で蒸発していく。 「出立日和だあー」 この台詞を何億回言ったろうか。 いや、何兆回言ったろうか。 生まれて数年でこの地に飽き、数十年目には辺りを焦土と化し、数百年目には天候を変えた。 数千年目、世界の全生物を捕捉し、数億年目、初めて兄妹を知る。 数十億年経て、世界の窮屈さに嫌気が差す。 さらに幾星霜。 本能に突き動かされ、兄妹のもとへ赴く。 世界の端から飛翔したあの日、魔力でのみ知っていた生物たちを、その眼で認識したあの日。 茫洋とした世界の存在に気づく。 あの日以来、旅に出ることを夢に見て、あの日以来旅に出ようと試みてきた。 けれど何故か体が重い。 最強に体調不良はない。 最強に限って、見えざる何かがそうさせる訳でもない。 ただただ、億劫なだけ。 44億年もそうしてきたのだ。 めっちゃ億劫だった。 「出立日和かあ」 晴れていようが嵐であろうが、雪が降ろうが雹が降ろうが、槍でも剣でも空でも。降ってくるものがなんであっても、彼にとっては出立日和。 天気如きで、最強種たるドラゴンの歩みを阻むことはできないのだ。 「……出立日和」 この地に座してはや44億年。 暇を持て余した彼は、旅に出ることを夢見ていた。 旅に出たい!旅がしたい! けれど旅に出る理由が分からない。 旅に出て何をする? 旅ってなんだっけ。 とにかくここを離れる理由が欲しいだけでは? ぐるぐる理由を探して45億年目に突入し、ついぞ得た答えは。 「出立日和だあ!友だちを探そう!」 友だちを探す。 これこそ、最強であるドラゴンが、45億年目に出立した理由であった。
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