「さあ、死を捧げましょう」

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「さあ、死を捧げましょう」

 日の光が射し込まないほどの森の奥深くに、その教会はあるという。  そこでは、芳醇なぶどう酒とこの地方では珍しい肉を供すことができると言われていた。  この地方では屠殺(とさつ)は穢れと言われている。死んだ牛や馬の体を加工する者達はすべて穢れている。そのため、血に触れる者は全て「穢れがある人」「穢れた人」と呼ばれている。  不浄の森は、血や死に触れる人々が多く入る。死地を求めて森に入る者もいれば、好奇心から森に入る者もいる。教会はそのような人々をすべて受け入れているらしい。だから、「不浄の森」という名になったと言われている。  の感覚を持つ者は、森に近付くことさえしない。そう、、森に近付くことさえしないのだ。  常に夜が来ているような暗さ以外にも、その土地に伝わる穢れが人を遠ざけている。  しかし、日中でさえ暗い森が、闇に支配される夜。異端者が現れた。  彼女の名はセラ。穢れを知らない処女(おとめ)の如き白きワンピースを身に纏った女だった。長い髪はまるで銀の冠を戴いたかのような煌めきを持ち、紫水晶(アメシスト)のような瞳は大きく、涙に濡れていた。  セラには数日前から行方不明の恋人がいた。彼女の恋人は新聞記者であった。彼の書く記事は、どれも素晴らしく、誰が読んでも称賛するほどであった。彼は常に人々の話題になるような情報(ネタ)を探していた。そんな時に、不浄の森の教会の噂を聞いたのだろう。  「俺は、不浄の森の噂を確かめてくる!」と言い残し、彼は行方不明となった。生きているのか死んでいるのかさえもわからない。彼の両親でさえ「不浄の森に入るなんて普通の人間のやることじゃあない!」と拒否して探索に向かわないのだ。  セラの友達の中には「もしかすると浮気相手と逃げたかもしれないよ」と言う者もいた。だが、そんな言葉に彼女は耳を傾けることはなかった。  噂の真相を確かめるため、彼を見つけだすため、セラは奇妙な興奮に衝き動かされるように、森に足を踏み入れた。
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