1.運命の再会

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1.運命の再会

「お父様、騎士になるにはどうすればいいの?」  十歳になろうとしていた私は、家の中庭で遊んでくれていたお父様に尋ねた。 「おや、ローラは騎士になりたいのかい?」 「ええ、お父様! だって、お城のパレードを見たでしょう!? とっても恰好よかったわ!」 「そうか。そうだな。皆、凛々しかったな」   お父様は幼い私の頭を撫でて、柔らかに微笑んだ。 「私、きっと騎士になるわ」 「そうか。それなら勉強も運動も頑張らないといけないな」 「分かったわ、お父様」  それからの私は、無邪気に、騎士を目指して毎日努力を続けた。 ***  「なんて素敵なのかしら」  十二歳になった私は、ポニーに乗って家を抜け出し、少し離れた場所から騎士団の訓練を見つめていた。マナー講座や家庭教師からの指導よりも、騎士団の練習見学の方がずっと楽しい。剣を振る姿、馬できびきびと動く姿、整然とした整列、どれをとってもカッコいい。  掛け声が聞こえた。馬に乗って整列した兵士たちがゆっくり動きだした。 「あら、どこかに行くのかしら?」  騎士たちが森に向かって移動を始めた。  私は距離をとったまま、その後を追いかけた。  騎士団から、騎士らしき若い男性がはぐれて森の入り口に座り込んでいる。  騎士団をのぞき見していることを叱られるかもしれない、と思いつつ様子をうかがう。  若者の顔は苦痛でゆがんでいるようだ。 「……どうしましたか?」  私より少し年上に見える若者は足を怪我していた。  私はもっていたハンカチを裂き、血が止まる様に強めに傷口を縛った。 「ありがとう。僕はブラッド」 「はじめまして、ブラッドさん。私はローラ」  ブラッドは申し訳なさそうな顔をして私に言った。 「恥ずかしいところを見せてしまった。君はこのあたりに住んでいるの?」 「ええ、まあ。訓練頑張ってね、ブラッドさん。立派な騎士になってね」  私がそう言うと、ブラッドは顔を赤くして頷いた。  馬に乗り、去って行くブラッドを見送りながら、私は一人つぶやいた。 「私も訓練に参加できればいいのに」  ブラッドは私の方を一度振り返り、私をじっと見た後、お辞儀をしてから馬を早足で走らせた。 ***  十四歳になった私は、社交界デビューを控えていた。  騎士になるという夢を諦めたのは二年前。  いつまでたっても大きくならない身長と、鍛えても力のつかない細い腕を見てため息をついていた私に、お父様が声をかけた。 「ローラ、どうして落ち込んでいるんだい?」 「だってお父様、こんな体じゃ騎士にはなれないわ」 「ローラ、まだそんなことを言っているのかい? お前はアクトン家の大事な長女だぞ? 騎士にするわけがないだろう?」  私は驚いて大きな声で言った。 「お父様は私が騎士になりたいと言ったら応援してくれたでしょう!?」 「子供のころの話じゃないか。それに、その華奢(きゃしゃ)な体で騎士になれると思うかい?」 「……いいえ、お父様」  私はうなだれた。 「王国の騎士になれるのは、選ばれたほんの一握りの人たちだけだ。それに、女性は一人もいないだろう?」 「……ええ、お父様。そうですね」  そろそろ現実を見つめないといけないのかもしれない。  私は、幼いころからの夢に別れを告げることにした。  あの華やかなパレードに加わることはできないのだと、私はずいぶん落ち込んだ。  私は沈む気持ちを紛らわせるため、勉強に打ち込むようになった。  騎士になる夢はあきらめたけれど、馬に乗ることはやめなかった。いつもより高い目線であたりを見ながら風を切るのは、とても心地よかった。私は馬に乗ることが好きだった。 *** 「ローラ、誕生日おめでとう」 「ありがとうございます、お母様」 「十六歳だね。もう大人の仲間入りだ」 「そう言われると緊張します、お父様」  食堂にはご馳走が並んでいた。私の誕生日だから、お母様が私の好物ばかりを料理人に作らせた。でも私は、ご馳走よりも家族が祝ってくれることのほうが嬉しかった。 「ところでローラ、もうお前の結婚の話が出てきているんだが……」 「え?」 「騎士団長のブラッド様は知っているかい?」 「お名前だけなら……」  そういえば、昔助けた騎士見習いもブラッドと名乗っていたっけ、なんてぼんやり思い出していた。 「実はブラッド様との縁談の話があるんだ」 「ええ!?」  私はかつて憧れていた騎士の、それも団長との縁談と聞いて心臓が跳ね上がったように感じた。 「後で私の部屋に来なさい。ブラッド様の肖像画と簡単な成育歴を預かっているから」 「……はい、お父様」  私は緊張で味のしなくなった料理を口に押し込みながら、騎士団長ってどんな方なのだろうと考えていた。 *** 「ブラッド、縁談の話を進めてきたぞ」 「父上? 私はまだ身を固めるつもりはありませんが」 「そう言うな。きっと気に入るぞ。可愛らしいお嬢さんだ」  そう言って父上は私に一枚の肖像画を渡した。 「……!?」  私は自分の目を疑った。そこに描かれていたのは、少年時代に私を助けてくれたあの少女とそっくりな女性だったからだ。 「ローラ嬢と言ってな。昔は騎士になると息巻いていたらしい」 「……ローラ」  父上の言葉はもう耳に入らなかった。  二度と会うことはないと思っていたあの人にまた会えるとは。  しかも、私の婚約者として。 「是非、話を進めてください」 「気が変わったか。それなら、話を進めよう」  私は、胸が早鐘のように打つのを抑えられなかった。 「お前がそんなに明るい顔をするのは、久しぶりだな。妹を亡くしてからのお前はずっと暗い表情をしていた」 「……そんなことはありません。用事は以上でしょうか?」 「ああ」 「それでは、失礼します」  私は動揺を隠すように、急ぎ足で父上の部屋を出て、自分の部屋に向かった。 ***  結婚相手を親が決めてくるのは珍しいことではない。むしろよくあることだ。  ただ、私は一般常識として知っているということと、自分の身に起きるということが同じではないと思い知った。確かに、騎士様にはいまも憧れる気持ちがある。 でも、いきなり婚約といわれても、どうすればいいのか分からない。私はお父様から頂いたブラッド様の肖像画を見てため息をついた。そこに描かれている彫りが深く凛々しい顔立ちと、がっしりとした体躯。ブラッド様の容姿は優れている。きっと多くの女性の心をつかむだろうと思った。 「私でいいのかしら? 特に取り柄もないし、見た目だって……十人並みなのに」  自分で言っておいて、やけに落ち込んだ。騎士団長の妻なんて勤まるの? 「……ブラッド様も、親に勝手に決められてしまったのかしら?」  私はブラッド様の肖像画を戸棚にしまうと、ベッドに入ってもう一度ため息をついた。
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