番外編・誤解の星の下で(5)

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番外編・誤解の星の下で(5)

 騎士団の宿舎へと続く一本道にやって来ると、そこには明らかに宿舎へと向かおうとしているクリストフ様の姿があった。 「クリストフ様!」  私が名前を呼ぶと、クリストフ様は驚いたように振り返り、私の姿を見てわずかに目を見開いた。 「シルヴィア! こんなところでどうしたんだ?」  もっと焦った反応をするかと思っていたが、意外と落ち着いている。  どうせ私にはバレないとでも思っているのかもしれない。  私は震える手をぎゅっと握りしめながら、ゆっくりと口を開いた。 「──クリストフ様、私、全部知っているんです」 「うん? 何のことだ?」 「クリストフ様がこうやって騎士団の宿舎に通っていること。そして色々な女性と会っていたことです」 「ああ、それか。ちゃんと決めてから伝えようと思っていたんだが、実は……」  そう言いながら笑顔で近寄ってくるクリストフ様から逃げるようにして後ずさり、私は叫んだ。 「私という恋人がいながら、こんなところで隠れて大勢の(ひと)と浮気するなんて、最低です!」  私の怒りの叫びをぶつけられたクリストフ様は、しばらくぽかんと口を開けた後、困惑したように首を傾げて呟いた。 「浮気……? 何のことだ……?」 「しらばっくれても無駄です! 色んな女の人と遊びまくって、アリシア・ブラントっていう人が一番よかったんでしょう!?」 「はあ!? とんでもない誤解だ! 一体誰がそんなことを……!」 「誤魔化さないでください! 全部アルフォンス様から聞きました」 「チッ、あのクソ殿下はまた余計なことを……!」  証言者のアルフォンス様に悪態をつくということは、やっぱり浮気は事実なのだ。  私は涙で潤む目をカッと見開いて、《魔女の目》の力を解放した。 「さあ、クリストフ様、全部白状してください」 ◇◇◇  クリストフ様が語った真実は、実に驚くべきものだった。 「ま、まさか、浮気じゃなくて、私の護衛騎士を選ぶためだったなんて……」  なんとクリストフ様は女遊びのためではなく、私の護衛に相応しい女性騎士を探すために自ら騎士団に通い、何人もの女性騎士を見極めて、やっとアリシア・ブラントという逸材を見つけたのだという。  《魔女の目》を使って聞き出したことなので、これが偽りや誤魔化しでないことは明白だ。 (お忙しい中、私のために優秀な騎士を一生懸命探してくださっていたのに、それを浮気だと誤解するなんて……)  最低なのは私だった。  やはりクリストフ様が浮気なんてするはずがなかった。一途で愛に溢れた人だったのだ。  それなのに一方的に疑って無理やり問い詰めるなんて、嫌われてしまってもおかしくない。 「クリストフ様、本当にごめんなさい……。謝っても謝りきれません。こんなに恋人思いな人を疑うなんて私、クリストフ様に顔向けできません。恋人失格です……。もう私のことなんて嫌いになってしまいましたか……?」  自己嫌悪でどん底まで落ち込み、泣きそうになってしまう。  潤んだ瞳で見つめて問えば、クリストフ様はグイと私の体を引き寄せて、優しく抱きしめてくれた。 「そんな訳ないだろう。恋人失格だなんて言わないでくれ。俺にはシルヴィアしかいないのだから」 「クリストフ様……」 「君は何も悪くないから、気にするな。あのクソアルフォンス殿下が紛らわしいことを言ったせいだ。俺が後でシメておく」  そんな風に言った後、クリストフ様は抱きしめていた腕を離し、その綺麗な顔を私に向けて申し訳なさそうに眉を下げた。 「それに、ちゃんと言わなかった俺も悪い。君を不安にさせてすまなかった。許してくれるだろうか?」  イケメンの心細そうな眼差しが、私の胸に突き刺さる。私は光の速さで許した。  ……まあ、もともと私が早とちりしすぎたせいなので、許すも許さないもないのだけれど。 「クリストフ様も悪くなんてありませんよ。お互いに、少しだけすれ違ってしまっただけですから。でも、今度からはちゃんと相談してくださいね」 「ありがとう。今後はきちんと相談する」  クリストフ様が神妙な顔でうなずいた。  こくんと首を振る仕草が妙に可愛らしくて、思わずキュンとしてしまう。 「……そういえば、どうして私に内緒にしていたんですか?」  高鳴る胸を抑えようと、何気なくそんなことを尋ねてみると、クリストフ様は薄らと顔を赤らめて告白した。 「シルヴィアが男性騎士のほうがいいと言い出したら、嫌だと思ったんだ。君が他の男に興味を持ってしまったらと思うと耐えられなくて、つい隠してしまった」 「そ、そんなこと、ある訳ないです……」  嫉妬するクリストフ様の愛らしさが、とてつもない凶器となって私の心臓に襲いかかる。  思わず悶え死にそうになるところを必死に堪えた私に、クリストフ様はさらに容赦ない攻撃を放った。 「シルヴィアを護る男は、俺だけでいい」  そう囁いて、クリストフ様は私の額に口づけた。  柔らかくて温かな熱が、額から体中に広がっていく。それはまさに甘い毒のよう。  ……この一撃が致命傷となり、私は無事に死亡した──。  その後、私にはアリシア・ブラントが正式に護衛騎士として付けられた。  とても優秀な女性のようで、男性騎士にも引けを取らない実力の持ち主だという。  たしかに、切れ長の鋭い目からは数々の死線をくぐり抜けてきたような、只ならぬオーラを感じる。非常に頼りがいがありそうだ。  そして、アルフォンス様はあの後、クリストフ様にそれはそれは恐ろしいほどにきつくシメられたらしい。  ちなみに先日、一応お騒がせしたことを謝りに師団長室に伺ったら、可愛いハムスターがもう一匹増えていた。  アルフォンス様のメンタルが心配だが、ハムスターたちが癒してくれることを祈っている。
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