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3. 疑惑
……そうしてアルフォンス様は私を魔術師団に入れてくれ、私も約束どおり彼に力を貸しているのだ。
ぼんやりとこれまでの経緯を思い返していた私に、アルフォンス様が声を掛ける。
「それで、探している人は見つかりそうなのか?」
「……いえ、まだ……」
私は内心で大きな溜め息をつく。
そう、こんなに一生懸命探しているのに、全く見つかる気配がないのだ。
クレメンスという名前の人物は何人かいたが、髪色や身長が違っていて別人だった。
(魔術師ではなくて、事務員とか裏方のお仕事の方なのかな……?)
勝手に魔術師だと思っていたけれど、その前提が間違っている可能性もある。
こうなったら恥を忍んでアルフォンス様にも探すのを手伝ってもらうべきかと悩んでいると、アルフォンス様が、おっ、と呟いた。
「クリストフがいるな」
「……あ、本当ですね」
下を見ると、同僚のクリストフ・エウレニウスがいた。珍しい黒髪なのですぐに分かる。
彼も自分に向けられる視線に気づいたのか、ぱっとこちらを見上げた。そして、なぜかそのまま見つめ続けている。
「……なんだか、ものすごく睨まれてません?」
「そうだな……」
アルフォンス様がやや言いにくそうに口を開く。
「例の謀反の話だが、エウレニウス侯爵家の名前も挙がってるんだよな……。今までずっと王族派だったから俄かには信じがたかったが、やはり何かあるのだろうか……」
「私には何とも……」
「エウレニウス侯爵家がついているとなると、少し厄介だな……。また力を貸してもらうかもしれない」
「分かりました。いつでもどうぞ」
私がまたクリストフ・エウレニウスのほうを見ると、彼はふいと顔を背けてどこかへ行ってしまった。
◇◇◇
それからまた数日後。私はアルフォンス様からいつもの部屋に呼び出されていた。
「やっぱりクリストフ・エウレニウスを調べるんですか?」
「ああ、あいつからはどうも敵意を感じる。早めにはっきりさせておきたい」
「分かりました」
私がいつものように頭に布を被ると、しばらくしてクリストフ・エウレニウスが部屋に連れて来られた。
「クリストフ、よく来てくれた」
「……アルフォンス殿下、突然お呼び出しとは、俺に何の御用でしょうか?」
眉間にシワを寄せて無愛想に答える姿は、今までの印象どおりと言えばそうなのだが、王弟に対する態度と考えるとだいぶ問題がある気がする。
(やっぱり謀反に関わっているのかな……)
今日は魔力鑑定士という体で《魔女の目》を使って自白させる予定の私は、顔を俯け、無言のままアルフォンス様の誘導を待つ。
「実は今、団員の魔力を計測して記録しようとしているところでな。まずは一番の実力者のクリストフから頼むよ」
「はあ……それで、そこに座っている人は?」
クリストフ・エウレニウスが不信感たっぷりな声で尋ねる。
(……まあ、こんなおかしな布を被っている奴、どう見ても怪しいよね)
そう思いながらもボロを出さないよう黙っていると、アルフォンス様が答えてくれた。
「彼女は優秀な魔力鑑定士なんだ。今日は彼女に魔力を鑑定してもらう」
「魔力鑑定士? そんな胡散臭い人物に頼らなくても、いつもどおり魔道具を使えばいいのでは?」
(この人、もう「胡散臭い人物」ってはっきり言っちゃったよ……)
しかも相当疑っているのか、絶対関わりたくないオーラをひしひしと感じる。
でも、こんなに嫌がるのもなんだか怪しい気がする。
アルフォンス様もそう考えたのか、クリストフ・エウレニウスの同意を取るのはやめて、すぐに自白させる方針に切り替えたようだ。
「……目を」
その一言で、私は顔を上げてクリストフ・エウレニウスの青色の瞳を見つめる。
すると彼は驚いたように目を見開いて呟いた。
「その目は……シルヴィア!」
思いがけず自分の名を呼ばれて、私はびくりとした。
なぜバレてしまったのだろう。
ここでは仕事の関係上、正体がバレないようにずっと眼鏡を掛けていたから、私の目は誰にも見られていないはずなのに。
焦りから目に力を込められずにいた私にアルフォンス様が叫ぶ。
「どうした! 早く《魔女の目》を!」
鋭い声に気を取り直した私がクリストフ・エウレニウスの目を見つめようとすると、彼は慌てて抵抗し出した。
「やめるんだ! 君の目に見つめられると、心の内をすべて明かしてしまうのだろう!?」
なぜか《魔女の目》の効果のことも知っているようで、ますます怪しい。
これは何か重大な秘密を隠し持っているに違いない。私の長年の勘がそう告げている。
アルフォンス様もクロ認定したようで尋問モードに変わった。
「クリストフ! 何を隠している!? やましいことがなければ、彼女の目を見れるはずだ!」
「やめろ! 俺は絶対に見ない!」
椅子から立ち上がり逃げ出そうとするクリストフ・エウレニウスを、アルフォンス様が後ろから羽交締めにする。
「シルヴィア! クリストフの目を見るんだ!」
「はい!」
私は身バレしている今、もはや邪魔でしかない布を頭から剥ぎ取ると、クリストフ・エウレニウスの正面に立った。思いきり手を伸ばして、高い位置にある彼の頭を両手で掴み、私のほうを向かせる。
「エウレニウス様、私の目を見て……」
そう言うと、あれだけ抵抗していたクリストフ・エウレニウスの体から力が抜け、閉じていた瞼が開いて、揺れる瞳が私の目を苦しそうに見つめた。
「シルヴィア……」
彼の口から私の名前が紡がれた瞬間、無事に《魔女の目》が発動し、クリストフ・エウレニウスは私の掌中に落ちた。
「……アルフォンス様、ご質問をどうぞ」
アルフォンス様がうなずいてクリストフ・エウレニウスに問う。
「クリストフ・エウレニウス。お前は重大な秘密を隠しているな? 今ここで洗いざらい吐け」
問いかけられたクリストフ・エウレニウスは驚くべきことにまだ抗う様子を見せたが、やがてゆっくりと口を開き、ぽつりと呟いた。
「────好きだ」
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