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番外編・誤解の星の下で(3)
離宮を抜け出した私は、クリストフ様に見つからないよう、こっそりと魔術師団の建物を訪れていた。
どこかにクリストフ様に近い関係者はいないだろうかとキョロキョロ辺りを見回していると、すぐ近くに三馬鹿その一が歩いているのが見えた。
まさにグッドタイミング。彼なら毎日クリストフ様にこき使われているから、何か知っているはずだ。
「その一! ちょっと今いい?」
私が三馬鹿その一の肩に手を置いて声を掛けると、奴はびくりとして振り返った。
「シ、シルヴィア……様」
「突然ごめんね。少し聞きたいことがあるんだけど……」
そう切り出すと、その一はなぜか怯えた様子で返事をした。
「な、なんですか? 手短にお願いします……」
何がそんなに怖いのだろうかと不思議に思いつつも、私はクリストフ様の情報を聞き出すべく声をひそめて尋ねる。
「クリストフ様のことなんだけど、最近、仕事の合間にどこへ行っているか知ってる?」
「クリストフ様のことですか……? 仕事以外のことはよく分かりませんが、何度か騎士団の訓練場だか宿舎だかに行くと仰っていたことがあったような……」
「騎士団の宿舎……?」
まさか浮気相手は騎士団勤めで、宿舎を逢引きの場所にしているとか……?
(いや、でもまだ分からないわ。仕事で何か用があったのかもしれないし)
私が無言で考え込んでいると、その一は酷く焦った様子で周囲を気にし出した。
「あの、もう行ってもいいですか?」
「え、ええ、忙しいところごめんなさい。大丈夫よ。あ、私と話したことはクリストフ様には言わないでね」
聞き込みをしていたことがバレたらまずい。そう思ってお願いしたのだが、その一はぶんぶんと勢いよく首を振った。
「頼まれなくても言いませんよ、そんなこと! あなたと二人きりで話していたことが知られたら、どんな恐ろしい仕打ちが待っているか……」
なんだかよく分からないが、内緒にしてくれるならありがたい。
もう用も済んだし解放してあげるかと思ったのだが、もう一つ聞きたいことがあったのを思い出して、ついでなので聞いてみた。
「そういえば、あなたの名前って何て言うんだっけ?」
「……マルク・フェルセンですけど……」
「そっか! マルクね! 今まで名前を呼んでいなかったけど、これからはちゃんとマルクって呼ぶね」
最近彼らには嫌がらせもされていないし、いつまでも「その一」と呼ぶのも失礼だろうと思ってそう言ったのだが、なぜかマルクは今にも泣き出しそうな顔で「やめてください」と懇願し始めた。
「お願いですから、どうか名前で呼ばないでください! 《その一》のままで構いません」
「えっ、でもさすがにそれは失礼なんじゃ……」
「いえ、《その一》のほうがいいです。親しさの欠片も感じられない最高の呼び名です」
「いやでも……」
「いえいえぜひ、僕の命を助けると思って……」
しばらくそんなやり取りを繰り返しつつ何とか彼を説得して、結局ラストネームの「フェルセン」と呼ぶのを許してもらった。
なぜこんなにも頑なに名前を呼ばせようとしないのか謎だが、魔女に名前を呼ばれると呪い殺されるとでも思っているのかもしれない。そんなことないのに。
「じゃあ次はアルフォンス様のところにでも行ってみようかな」
そうして私はさらなる証言を得るために、師団長室へと向かった。
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