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「全部嘘。おじいちゃんが言っていたっていうのも何もかもだ。地図は僕が作ったんだ。幼稚園のころみたいに、渉と紗綾に、かまってもらいたかったから嘘をついたんだ。僕、一人ぼっちの夏休みが嫌で..。かといって、あんまり大人数で遊ぶのも嫌だし。どうしても、この三人で思いっきり遊んでみたかったんだ」
「ひどい! 嘘なんてつかなくても普通に遊ぼうって言ってくれればいいじゃない!」 紗綾が怒る。
「ごめん...本当にごめん」 竜聖は頭を下げた。
僕は何と言っていいか分からなかった。がっかりする気持ちと、竜聖の気持ちが分かる気もして、複雑な感情が込み上げてきた。
そこで、日が傾き始めていることに気づいた。
「もう、こんな時間か...」 僕の呟きに、紗綾と竜聖も空を見上げた。 「帰らなきゃ」 紗綾の声に、みんなが頷く。
しかし、周りを見回しても、どの道を通ってきたのか分からない。木々が同じように見えて、方向感覚が完全に狂っていた。 「えっと...こっちかな?」 僕が指さした方向に歩き始めたが、どこまで行っても見覚えのある景色にたどり着かない。
不安が募る中、紗綾が泣き出しそうな顔で言った。 「どうしよう...帰れなくなっちゃった」 竜聖も肩を落として「僕のせいだ...」とつぶやいた。
僕は二人の顔を見て、深呼吸をした。 「大丈夫。みんなで力を合わせれば、きっと帰れる」 そう言いながら、自分に言い聞かせているような気もした。
しばらく歩き回ったが、状況は変わらない。夕日が森を赤く染め始めていた。 「もう無理だよ...」 紗綾が地面に座る。
竜聖は黙ったまま、呆然と立ち尽くしている。
僕は必死に考えた。このまま夜になったら...そう思うと恐ろしくなる。 「よし、交代で叫ぼう。誰かが聞いてくれるかもしれない」 僕の提案に、二人とも頷いた。
「誰かー!」「助けてー!」 交代で叫び続ける。喉が痛くなってきても、諦めずに叫んだ。
時間が過ぎていく。お腹が空いてきて、水分も残りわずか。パニックになりそうだった。
「落ち着こう」 僕は深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとした。 「食べ物と水を分け合おう。少しずつ食べれば、もう少し持つはずだ」
みんなで持ち寄った食べ物を分け、少しずつ口に運ぶ。静かに食べていると、暗闇が迫ってくるのを感じた。恐怖が僕たちを包み込む。
「もう...だめかも」紗綾がすすり泣き始めた。「 僕のせいだ...みんなを巻き込んで...」竜聖も涙ぐんでいる。
僕は、最後にもう一度... 「あと一回だけ叫んでみよう」と言った。 希望を捨てたくなかったんだ。
紗綾が顔を上げると、竜聖は僕の方を向いた。 「...無理だよ」紗綾の声は弱々しかった。 竜聖は黙っている。
「無理かどうかは、やってみないと分からないよ。あと一回。たった一回だけ。三人で思いっきり叫ぼうよ」
そう僕が言うと、「わかった」と紗綾が立ち上がった。竜聖も「あと一回...最後の一回か。うん。やってみよう」とやる気になってくれた。
僕は深呼吸してから、「いくぞ。せーの...」とタイミングを図った。
そして──
「誰か、助けてー!」 三人の声が一つになって、闇を切り裂くように森に響き渡った。
その瞬間、遠くから人の声が聞こえてきた。 「おーい! そこにいるのかー!」
僕たちは息を呑んで耳を澄ませる。 「今の...」紗綾が小さな声で言った。
再び声が聞こえる。今度ははっきりと聞こえた。そして、懐中電灯の光が見えてきた。
「来てくれたんだ...」僕は思わず声を漏らした。 「やった! 助かったー!」紗綾が何度もジャンプして喜ぶ。
近づいてくる光とともに、地元の消防団員らしき人たちの姿が見えてきた。 「よかった、見つかって。大丈夫か?」と声をかけてくれる。
「はい...」三人は安堵の表情を浮かべながら答えた。
消防団員の一人が「心配したぞ。家族の方から連絡があって、捜索に来たんだ」と説明してくれた。
僕たちは疲れ切っていたけど、無事に見つかった安堵感で涙が止まらなかった。
森を下りながら、消防団員から注意を受けた。 「森は危険がいっぱいだ。子供だけで入るのは絶対にダメだぞ。今回は幸い大事には至らなかったが、命に関わることもある」
三人とも深く反省し、二度と無断で森に入らないと約束した。
家に帰ると、両親に厳しく叱られた。けれども、無事に帰ってこれたことを心から喜んでくれもした。
その日から特にワクワクするようなイベントもなく、ダラダラと過ごしながら夏休みが終わり、新学期が始まった。森に行った日から、竜聖と連絡がつかなくなっていた。
紗綾が、「うちのお母さんが言っていたけど。竜聖、外に行って遊ぶことが怖くなっちゃったんだって。あーあ…ちゃんと今日来れるかなぁ」と言って、困った顔をした。もちろん、僕も心配していた。
だけど、竜聖は夏休み明けにちゃんと学校に来た。保健室じゃなくて教室に来たんだ。僕と紗綾は、竜聖と話して笑い合うと、ようやく安心できた。
「あのさ、今日、一緒に……」 放課後、竜聖は少し緊張した様子で、言葉を詰まらせた。 僕と紗綾は顔を見合わせる。
竜聖は深呼吸をしながら「今日、一緒に遊ぼうよ。良かったら家に来ない?」と言った。 紗綾が元気いっぱいに「うん、行きたい!」と答える。僕は笑顔で「行くよ、楽しみだな」と言った。
家に帰り、大急ぎでランドセルを部屋に置くと、走って竜聖の家に向かう。走りながら、森に行った日のことを思い出した。
もしかしたら、中学生になると、今みたいに思いっきり遊べなくなるかもしれない。 だから小学生でいる間に、あと一回だけでも構わないから、森に行ったときみたいなワクワクする冒険をしてみたい。
(了)
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