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誰も居なくなった静かな支店に、新開が1人。
他の従業員は皆、佐伯の送別会に向かった。
「……」
新開はデスクに置かれたお菓子の詰め合わせに軽く手を触れる。佐伯が11人全員に用意した、お礼の品だ。
その詰め合わせの外袋には、佐伯からのメッセージが書かれたカードが貼り付けられている。
《新開さんへ。体には気を付けて。 佐伯》
決して綺麗だとは言えない佐伯の文字。
メッセージカードに触れると、溢れて止まらない新開の涙が文字を滲ませ始める。
佐伯と新開は良きライバルであり、同僚であり、友人だった。
小さな支店の中で切磋琢磨し、時に支え、慰め合い、互いを鼓舞する関係。
支店が独自に行っていた実績ランキングは、いつも1位が佐伯で、2位が新開。
佐伯には勝てないと分かっていたけれど、その背中を追いかけるのが楽しくて、日々前向きに仕事に取り組めていた。
「…佐伯くんの馬鹿」
カードの文字が滲んで読めなくなるほど、零れ落ちる涙。
実は佐伯、異動辞令が出たことを新開に報告しなかった。
ずっと新開にだけ事実を隠されており、異動のことを知ったのは今朝の話。
栄転だの…異動だの…送別会だの…。
そんなことを急に言われても、全く理解が追い付かない。
だから、新開は送別会には参加をしなかったのだ。
「…馬鹿、馬鹿」
滲んで読めなくなったメッセージカードをぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に放り投げる。
丸めたカードがきちんとゴミ箱に吸い込まれたのを確認してから、乱暴に椅子に腰を掛けてデスクに顔を伏せた。
大切なライバルであり、友人だと思っていたのに。自分だけ佐伯の異動を知らなかった事実が悔しくて、悲しくて。
何より、新開は佐伯に特別な感情を抱いていたから。
それが余計に辛くて、苦しくて、涙が止まらない。
「…何で、言ってくれなかったんだろう」
そんな、佐伯にしか分からないことを呟く。
誰もいない支店。
新開はデスクに伏せたまま、子供のように大きな声で泣き叫んだ。
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