香り高くて儚い嘘

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 悠人君へ  お誕生日おめでとう。誕生日にこんな手紙を届けるのはどうかと思ったけど、貴方の優しい顔を見るといつまでも本当の事を言えなくなるから、ここに書き留めることにしました。  私は貴方に嘘をついていました。  二週間前、私は半年の余命宣告を受けました。私に残された寿命はあと六ヶ月だそうです。そうだ、病名も伝えてなかったね。病名は膵臓癌。癌が全身に転移していて、もう取り返しがつかないみたい。  私は家族と話して自宅療養を選んだ。病室で溶けるように死んでいくのが嫌だったから。ただ、それ以上にこの体が日に日に蝕まれていくのが怖い。それを悠人君に見られるのが怖い。死に殺されるのが怖い。  人間が一生かかっても振りかからないほどの不幸を今の私は味わっている。だからこそ、貴方に愛されている今一番幸せな時に、自らの意思で死にたいと考えた。  貴方には止める権利はない。なので、これを読み終えたら別れてください。それが私の為になるから。  今日ね、生まれて初めてカフェラテを飲んでみたよ。少し苦かったけど、ミルクの甘みと相まって美味しいと思えた。いつもエスプレッソを嗜む貴方が、私はとても好きです。  そんな貴方のおかげで、私の人生の最期はとても幸せでした。笑い合って、時々泣いて、いっぱい嫉妬して、感情が追いつかないくらい沢山沢山貴方に恋をした。来世もまた隣で笑い合えたらいいな。  今まで本当にありがとう。さようなら。  追伸  もうそろそろ葉桜の季節だね。あの日悠人君が手にした手紙みたいに、桜の花びらを挟んでみたよ。さっき外を歩いてたら顔に貼り付いてきたの。この子にとって、この世界はどう映ったかな。   紡より
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