香り高くて儚い嘘

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 ここ『喫茶 da capo』はご老人の店主が一人で切り盛りしている駅前の小ぢんまりとしたカフェである。先日紡に勧められ、ブライダル専門店で婚約指輪を注文した帰りに一服を、と初めて来店してみたのだった。奥の壁には一面に本が並べられ、それらどの本の背表紙にも、「+」「-」に加えて数字が書かれたテープが貼られている。  真っ黒になってしまった手紙を開くと、そこには桜の花びらが一枚挟まっていた。薄い文字で書かれている上、手紙の冒頭と結びの部分が黒褐色に染まりきり、誰宛のどんな内容の手紙かまるで想像がつかない。辛うじて読める部分から、別れの手紙だと推察する。 『貴方がこの本に挟んでいた手紙を汚してしまいました。すみません。』  私用の手帳を出し、メモのページに走り書きをする。ちぎって二つ折りにし、『共依存』に挟んだ。手紙の差出人がまたこの本を手に取ることを祈る。  エスプレッソに染まった手紙は当分乾く様子はない。仕方なしに、私用の手帳に挟んでおくことにした。本に戻す訳にはいかないし、かといって捨てる訳にもいかないし、と自分を正当化する。正体不明の好奇心と罪悪感を消すために、手帳を勢いよく閉じた。  埃が被った店内の壁掛け時計を見やる。病院の面会の時間が近付いていた。 
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