海に呼ばれて

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 太陽が爛々としている。瑚の波は何度も穏やかで、潮風は肌に吸い付く。  私は浜の岩陰に腰を下ろしていた。  あちこちの美しさに瞳を奪われて、目を細める。たびたび目を閉じたが、その度に眩しさにやられて、瞼の裏に赤や緑が広がっていた。  私は寝転がった。  背中に波打つ砂の起伏を感じる。ところどころ小石の突起が肌を刺し、寝どころは心地の悪いものだったが乾いているのはありがたかった。  岩は屋根を作って抉れている。それは波が削ってできたということをいつからか理解している。  岩肌を眺めた。目に優しい。線が荒々しく、何か貝の住んだ跡のような、窪みに何かが潜んでいるような命の辿りは、眩しく鮮やかな空や海にはない美しさだった。  たしかにあれは貝殻だろうと思い返してみたが、祖父から教わったものなのか、父から教わったものだったかは、よく覚えてはいなかった。  私は慎重に横に転がった。  腰や腕に当たるものがあって、痛てと呟きながら、邪魔な小石を払って、頬と耳を覆うように手を枕にした。もう片方の耳からは、波の音が聞こえる。  目を閉じると、波はより大きく聞こえた。波の中にいるような感じだ。  波を子守唄のように思ってみる。そうすると私は海の子でこのまま母なる海に抱かれても良いと思った。 海のおぞましさはどこまでも遠くあって、いまは優しさだけが私のそばにいる。  よく耳を澄ませると、寄せ波と引き波では音色がまるで違う。  波が突き上げて、砂と空気と食って浜に吐き出すのが寄せ波。  珊瑚や貝や小石が互いにぶつかってから一瞬、静かになるのが引き波。  これを分かっていることが、私の海に対する愛情だった。  汗が首筋を流れ落ちた。枕にしている手は蒸れて、頬に自分の鼓動を感じる。波の速度よりも速い。  血潮と言う言葉はいったい誰が言いだしたのだろう。  血を波だと言うなら、鼓動はいったい、寄せ波なのか引き波なのか検討もつかなかった。  目を開けると、目の前で何かがごそごそと動いていた。  私は落ち着いて頭を起こすと、肘で上半身を支えてそれを見下ろした。  ヤドカリだ。  アイボリーの巻貝が人差し指の丸みほどの小ささで、足とひげは薄茶と臙脂だった。ヤドカリは巻貝を引きずって私に寄ってくる。  いじらくて、目を細める。  汗が顎から落ちた。ヤドカリを見失わないように姿勢をなおしてから、巻貝をそっとつまんで、もう片方の手のひらに乗せた。すると巻貝に引っ込んでしまったヤドカリは、また私の手のひらですぐに顔を出して蠢いた。くすぐったくて笑ってしまう。  ヤドカリはヤドカリだけど、私はこの浜の一部だと思った。そうして、私もそうであればいいのに。  ヤドカリと戯れていると、波の音に紛れていくつかの男性の声が聞こえてきた。  私は慌ててヤドカリを浜へ降ろして、腕や服に付いた砂を払って帰ることにした。  浜をつなぐ小道は狭く、私はそこで3人の若い男性とすれ違ったが、足元を気にしているというふうに下を向いた。小道を抜けるとわずかに風が肌を撫でた。Tシャツをはたいて風を入れて前髪を掻き上げ、もう片方の手で額の汗を拭きとる。  火照ったように感じる胸や肩とは別の生き物のように額は冷たかった。
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