3話

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「数学のプリント、明日提出だけど、もうやった?」 「……うるせーな」  二週間後もすると、朝陽はまた孤独に耐えられなくなって話しかけはじめた。  空回りしているのはわかっていたが、今の水川は彼以外に話せる相手がいない。それに一応、話しかければ不機嫌ながら何かしら返ってくるし、水川の話し方や方言を馬鹿にしないのでそこは気が楽だ。 「ねえ今度、社会見学あるんだって」 「……」  秋吉はスマホのゲームに夢中だが、かまわず朝陽は話を続けた。 「1つの建物の中で、いろんな職業体験ができるっていう施設があって、そこに行くらしいよ。実際の会社を訪問する職場体験とはちがって、いわゆる遠足や社会見学みたいな」 「……」 「みんなでバスに乗っていくらしいんだけど、よかったら一緒に乗らない?」 「乗らない」  想像以上の速さで拒否された。 「窓側と通路側、好きな方でいいし、前の座席でも後ろの座席でもどっちでもいい。それに……話しかけられるのがいやだったら、僕、ずっと黙ってるから」 「やだ」 「なんで」 「行かねーから」    当日、秋吉が来なければ、このクラスは奇数になる。  そうなれば、ほとんど間違いなく朝陽は一人でバスに乗ることになってしまうだろう。  惨めだし寂しいけれど、自分だけならなんとか耐えられる。  問題は、松村だ。  転校生が一人でいたら、松村に心配されるに違いない。  過剰に気を遣わせて、皆の輪に無理やり入れられたらどうしよう。それ以上に有難迷惑なことはない。  最悪、母親に報告されてしまったら……。 「ねえ、ぜったい楽しいよ。職業体験なんて、堅苦しいものじゃないし、どっちかっていうとゲームみたいって聞いたし。きっと勉強にもなる。だから秋吉くんも……」 「うっせーな。行かねえっつってんだろ」  返す言葉を失っている朝陽は気にもとめず、秋吉は欠伸をすると机に突っ伏した。 「だ、だけど……」 「ーーつーかさ、」  朝陽の言葉を遮ると、うつぶせになっていた秋吉は顔だけをこちらに動かした。  長い前髪のすき間から、細くて鋭い眼球が刺さる。 「てめえのいいようにオレを利用しようとすんな」  朝陽は何も返答できず口をつぐんだあと、顔を背けた。
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