4話

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4話

   隣の席の秋吉が、助けを求めるようにチラチラとこちらを見てくる。  どうやら教師に当てられたはいいものの、答えがわからないらしい。  朝陽は少し迷ったあと、仕方なく、秋吉にしか聞こえないような小さな声で解答を告げた。 「39」 「すばらしい」  少し天然の入った温和な数学教師は、秋吉がそんな小ずるい手を使っているとは考えもしないようで、「秋吉くん、最近調子いいですね」と微笑む。  日本史教師との一件があってからというもの、秋吉はたびたび、授業中に助けを求めてくるようになった。 授業中に当てられれば朝陽のほうをチラチラ見たり、宿題があればノートをせがむ。  あれだけ不遜な態度をとっていたのに、なんとまあ都合のいいことか。  でも、まあ悪い気はしなかった。  勉強のことで相手に役に立てるのは、本望だ。  それに今までの相づちだけの関係に比べると、ずいぶんなマシな関係に変化したと思う。  けれど。 「数学の宿題見せて」  声がして隣を見ると、朝陽のほうへ手を出している秋吉。 「あ、うん……」  秋吉は朝陽の手から数学のノートを受け取ると、丸写しし始める。  その顔は不正をしているとは思えないほど熱心で、だからこそ余計にやりきれなくなる。  べつに自分に何か不利益があるわけではないが、朝陽としてはやや引っ掛かるものがあった。 「あの……秋吉くん」  授業が終わったあと、朝陽は思い切って秋吉に話かけた。 「あ?」  かえってきた声が露骨に低い。  間違いなくこれは機嫌が悪いときの声だ。  せっかくの勇気もむなしく、朝陽の心は一瞬で委縮してしまった。 「な、なんでもない」  朝陽の葛藤を知らない秋吉は、一仕事終え疲れたかのように、またグーグーと寝息を立てはじめた。  勉強のことで少しでも力になれるのはいい。  けれど、答えだけを教えるのは違うような気がした。  本人のためにもならない。 (でもそんなことを言って、万が一話してくれなくなったら?)  秋吉は、この教室の中で唯一自分とまともに口をきいてくれる人間だ。  なのに、そのかけがえのない絆を自分の正義感で断ち切ってしまってもいいのだろうか。  いいや。だめだだめだ。  (僕はヤンキーのパシリなんかにはならない。それにこんかことを続けていても、秋吉くんのためにならない)  言おう。”ズルはダメだよ”と。
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