4話

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「征夷大将軍というのはもともと平安時代に蝦夷を征伐する際にできた役職で、蝦夷っていうのはなにかっていうと……」 「わかった、わかった。とにかくその”征夷大将軍”っていうのを暗記しておけばいいんだな」 「じゃなくて、ちゃんと流れを知らないとだめだよ」  それにこの先もまともに勉強する機会が訪れないのなら、秋吉にとってもこれが最初で最後の学び直すチャンスだ。  点数をとることだけを重視するなら、ただ意味もなく暗記させておけばいい。  けれど自分のプライドと、秋吉の将来のことを照らし合わせると、表面的な部分だけ教え込むわけにはいかず、基礎の基礎から説明してしっかりと叩き込むことにした。  そうしてみっちりと根気強く教えていたが、とうとう秋吉のほうが限界がきたらしい。 「最低限でいいか教えてくれよ。赤点さえ取らなきゃいいんだから」 「だからそれはダメだって言ったろ」 「なんで」 「そんなのは一時的にはいい点数がとれても、長期的にはためにならない。日本の歴史にもきちんとした流れがあって、一つ一つの事件や政策にちゃんとした時代背景がある。世界史の動きとも絡む。断片的に切り取って、表面の単語だけを暗記するようなことをしていたら、いつまでたっても楽しくないし、すぐに忘れる」 「あーーー聞こえない」 まるで子どものように文句を垂れる。あげくに教科書に落書きをし始めた。 これでは勉強にならない。 「ちょっと……」 朝陽が怒ろうとした瞬間、ピピピピピと甲高い音でアラームが鳴る。 勉強タイム終了の合図だ。 その瞬間、秋吉が椅子から立ち上がった。 「えっどこに……」 「恋人が待ってる」 「はっ!こいび……?」  さらりと言った秋吉とは対照的に、慣れてない言葉に朝陽は口ごもる。 「えっ待ってよ!まだぜんぜん勉強できてないのに」 「でも1時間半って約束だろ」 「そりゃそうだけど、でも……」  全然キリが良くない。  授業をしている教師だったらば、「チャイムは鳴りましたが、キリがよくないのであと1分ほど延長します」と言って、猛スピードで黒板に板書し、早口で解説していくところだ。  しかし勉強についてほとんど何の知識も持たない秋吉にとって『キリが良い、悪い』なんてことはまったく考慮してもらえない。時給労働のように時間が来たらきっちり立ち上がる。 「このままじゃテストに間に合わないって」 「そんな端から端までやんなくても、とりあえず全教科40点取れればいいからさ」 「だからそれだと勉強にならないって……」  朝陽が不満げな顔で抗議していると、リュックを背負った秋吉は薄ら笑いを浮かべて、 「勉強、勉強って。ーーお前、何かに取り憑かれてんの?」  と言った。  睨みつける朝陽を無視して教室から出ていく。  彼の背中が完全に消えてしまったあと、朝陽は机の上に散らかったままの教科書を眺めた。  瞬間、どっと疲れが出る。 「まだテスト範囲の10分の1もできてないのに……」
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